教育トレンド

教育インタビュー

2002.02.05
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向山洋一さん  新しい指導要領で何が変わるのか

「教育技術法則化運動」や、教育に関する多数の著作で知られるほか、全国の教師たちが教育技術をインターネット上で公開し、知恵を共有できるTOSSランドの主宰者としてもご活躍の、向山洋一氏に、学力低下、指導法の問題点、これからの学校のあり方などを語っていただきました。

現在の教育が抱える問題点

学びの場.com向山さんは、教育技術の法則化という運動で教育問題に携わっていらっしゃるわけですが、新しい教育指導要領の話の前に、現在の教育でどんなことが問題だと考えていらっしゃるのでしょうか。

向山洋一さん 現在の学力低下には、大きな問題点がふたつあります。ひとつは時間数の問題、もうひとつは指導方法の問題です。 昔は、都立高校からたくさん東大に入りました。それがだんだん数が減っている。公立高校の成績が落ちていく中で成績を上げてきたのが、私立の中高一貫校です。では、いちばんの違いは何かというと、授業の時間数なのです。特に、英語と数学の時間数です。たとえば、公立高校で週に数学が3時間あるとすると、それが私立では7時間から8時間、およそ倍違います。それは、私立高校が指導要領を守っていないからです。基本的な教科の授業時間が倍も違うというのが、学力低下や大学進学問題の原因なのです。 そうするといちばんかわいそうなのは地方の優秀な生徒です。地方からいい大学に入るためには、中学校のときから私立の中高一貫校に入れなくては難しい。つまり、ある程度経済的に余裕のある家の子供しか、東大に入れなくなってしまったのです。これが現在の学習指導要領に関する最大の問題。なぜこの問題について誰も何にも言わないのか、不思議でなりません。

学びの場.comそれでは、もうひとつの指導方法の問題ですが、これは向山先生が積極的に取り組んでおられる分野ですね。

向山洋一さん 現在の学校では、基礎的な科目、とくに国語や算数の指導方法が無茶苦茶です。算数を例にとって説明しましょう。算数では、昔は「水道方式」という指導法を採用していました。これは、数字を書いたタイルを使うものです。ところが子供がタイルを使うとばらばらしたりして時間ばかりかかってしまう。それに、たとえばADHD(注意欠陥多動性障害)の子供はクラスにおよそ5%いますが、そういう子供は一度にひとつのことにしか注意が向けられないため、ひとつのタイルなら良いけれど、ふたつ目を手にしたときにひとつ目のことは忘れてしまうのです。そのためこの方法を採用してから、算数の低学力が問題になり、今ではほとんど姿を消しました。

代わって登場したのが、「問題解決学習」という指導方法です。この方法では、45分間の授業で問題を1問解かせるだけです。授業の初めに先生が問題を出して、これを子供に解かせます。それで20分ぐらい子供に考える時間を与え、時間が来ると、できた子供に前に出てどうやって問題を解いたか説明してもらって、それに先生が解説を加えるわけです。 この方法だと、勉強のできる子供は1分で問題を解いてしまうけれど、できない子供は与えられた時間中考えてもできない。だから、これで算数ができるようになれといっても、それは無理なことです。いちばん問題なのは、勉強できない子供が、ちっともできるようにならない、ということです。勉強のできない子はどんどん落ちこぼれて、算数が嫌いになってしまう。現在の算数学力低下の最大の原因は、この「問題解決方法」だと思います。

ゆとり教育が実施されて何が変わるのか

学びの場.com新しい指導要領が実施されると授業の時間数が減って、さらにひどい学力低下をもたらすのではないかと心配されていますが……。

向山洋一さん ゆとり教育、といわれる時代に入って、教科の授業時間がそれぞれ削られ、それが「総合的な学習の時間」になります。この「総合的な学習の時間」の内容をどう構成するかということが現在問題になっています。 最初、中教審に答申したのは、「IT技術」と「外国語」に重点をおく、というものでした。常識的に考えれば、誰が考えたってそうだと思います。ところが、インターネットを使った授業で何をするかというと、それまで出てきていたのはコンピューターの技術者が考えそうな授業で、「遠隔授業」とか、「テレビ会議」といったようなものです。 でも、私たちはそういう授業にはまったく関心がありませんでした。それはコンピューターの技術を生かしただけで、授業をより楽しく、わかりやすくすることとは関係がないからです。私たちが関心があったのは、普通の授業をインターネットを使うことによって楽に、楽しく、子供たちにわかりやすくすることなのです。そうでなければ学校にコンピューターを入れる意味がありません。 そのようにコンピューターを利用するのであれば、授業時間数が少なくてもやっていくことが可能になり、かつ、コンピューターを操作しながらインターネットの技術や英語が身につくわけです。そういう点で考えるならば、授業時間減少による学力の低下というのはぜんぜん問題にならないと思います。

学びの場.comでは、新しい教育指導要領が導入されて、日本の教育では何が変わっていくのでしょうか。

向山洋一さん 文部科学省は、基礎学力を保証するための教育のシステムを、今度の学習指導要領で作り上げてきました。 まず、「学校は勉強を教えるところである」という前提の定義があり、次に「学校は基礎学力を保証しなくてはならない」となっていますが、これは画期的なことです。 教育のシステムには2種類あって、ひとつは習得システムで、習得できたら次に進める、というシステムです。ところが学校は履修制度なんです。これは、極端に言えば「いればいい」システムで、、今回初めて「基礎学力を保証する」という文章が取り入れられたのです。 そして3つ目は、「学校はアカウンタビリティ(説明責任・実行責任)を持たなくてはいけない」。4つ目は「そのために学校ごとに評議会を作る」というものです。さらに、「到達度評価」「習熟度別・小人数学級」なども、これらに対応したものです。 このような制度ができても、この制度を有効に生かすためには、すべての生徒が熱中して、理解できるような授業をしなくてはなりませんから、教師の側が明確に変わっていく必要があります。それさえできるのであれば、新しい方針には、基礎学力を保証しようという意思が明確にありますから、これはすごいことだと思います。だからこの制度がうまく機能していくように、私たちは応援していきたいと思っています。

向山 洋一(むこうやま よういち)

1943年生まれ。東京学芸大学社会科卒業。2000年3月、東京都大田区立多摩川小学校退職。千葉大学非常勤講師、上海師範大学客員教授、教育技術法則化運動代表。著書は、『こんな先生に教えられたらダメになる!』(PHP研究所)『学校の失敗~誰が子供を救うのか』『学校は蘇る』(扶桑社)など多数。

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