2022.02.01
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『クレッシェンド 音楽の架け橋』国⽴⾳楽⼤学附属中・⾼オンライン特別授業(後編) 映画を通して考えよう「音楽で、敵対する相手とも歩み寄れるだろうか?」

未だに紛争の続くイスラエルとパレスチナ。敵対する両者から若者を集めてオーケストラを結成し、和平コンサートの開催を目指す映画『クレッシェンド 音楽の架け橋』。国立音大附属中学校・高等学校で行われた特別授業では、同作の監督と脚本を務めたドロール・ザハヴィ氏をオンラインで迎え、生徒たちと対話してもらいました。後編では、日々、音楽を奏でる「くにおん」の生徒たちが、自分たちと同じように音楽を志す若者の映画を見て感じた思いをザハヴィ監督に伝えて対話する様子をレポートします。

南チロルの豊かな自然の中で変化する関係性

『クレッシェンド 音楽の架け橋』© CCC Filmkunst GmbH

実はこの映画は現実の管弦楽団をモデルにしている。それがウエスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団だ。ユダヤ系指揮者のダニエル・バレンボイムと、パレスチナ系アメリカ人の文学者エドワード・サイードによって99年に作られたオーケストラで、楽団の名称はドイツ人作家ゲーテの著作『西東詩集』から命名されたもの。つまりゲーテの精神を見習っており、現在もなお「共存への架け橋」という理念を掲げて活動を続けているという。

ザハヴィ監督「出演するのは想定17歳~23歳の若い人達です。映画を作った理由は、合宿して一ヶ月くらいみんなで過ごすと関係性はどう変化するかなということに興味を惹かれたからなんです」
最初は互いに寄り添う気が全くなかった2つの国の若者たち。劇中では南チロルの自然豊かな小さな村に合宿に行き、そこで互いに思いきり罵りあったり、全員でツーリングしたりと、様々なセラピー的なことが行われる。

ザハヴィ監督「別に彼らは直接的にお互いを憎んでいるわけではないんです。これまでの国同士の間に起きたことや、家族や祖父が体験した話などがベースになり、憎しみというのはとても象徴的に出てくる。別にここはセラピーを行う場ではないのだけれど、それが目的ではなかったけれど、こういった異なるグループが一緒になった時に行う具体的な手法を、この映画ではキチンと取り入れたんです。相反するグループとは、例えばゲイの方とゲイに批判的な方達とか、ナチスとユダヤ人とかね。この映画は誰かが主人公というわけではなく、あくまでもメインはオーケストラ。そういうことも踏まえて、このグループセラピーの場面はキチンと撮影したいと思っていました」

監督にとってもこの映画は特別な思い入れがあるという。
ザハヴィ監督「それこそ参加してくださった皆さんと同年代の方達を集めて3ケ国で撮影しました。特にヨーロッパではとても美しい南チロルでロケをしましたが、そうすると本当に演じている役者さんたちの関係が変わってきたんです」

つまり創作を超えて、一部ドキュメンタリーのようになってしまった部分もあったのだ。そういうリアリティが、さらなる感動にも繋がっている。
ザハヴィ監督「彼らの姿を見ているうちに思ったんです。自分がそもそも映画を撮ろうと思った動機付けはこれだった……って。そのことを改めて、気づかせてくれましたね」

異なる文化、宗教、人種の間に生まれる問題

Zoomを使った特別授業

こんな感想も出た。

生徒「映画で楽器を持っている人が武器を持っていると疑われる可能性があるというふうに描かれていましたが、そんな世界は想像するだけでも苦しくて、自分ならば生きていけないのではないかと思いました。いつ死ぬかわからないような世界で音楽を奏でようとする精神は、この平和な日本ではわからないのではないかと思います。日本では聴いてくれる人のことを考えて演奏する。でもそれは幸せなことなんだと思いました。映画の中で、イスラエル側のリーダー的な存在のロンが(パレスチナ側が技術的に劣っているため)仲間を連れてきてしまうシーンがありましたが、それに対してパレスチナ側のリーダーとも言うべきレイラが、検問で通れなくてオーディションを受けたくても受けられなかった人がいるのに、なぜ顔パスで入れる人がいるのかと、スポルクに詰め寄っていました。それを見て出身地が違うだけで、こんなにも差が生まれてしまうのかな……と。僕はドイツの高校と合同で演奏するという行事が学校であったのですが、言葉が通じないし、何を話してよいかわからず、結局友達と固まってしまって全然意味がない状態になってしまった経験があります。だから出身地も文化も違う出演者の方々が一つになろうとしていたと知って、僕も海外の方と関わる機会が有れば、是非話せるように工夫をしてみたいと思いました」

すると監督は「そうですよね。いろんなところに行って違う考え方の人に触れることは大切なことです」とうなずいた。

ザハヴィ監督「どうして他人との間に問題が生じるかといえば、単に相手のことを知らないから……ということが多いんです。だからキミがいろんなところに行っていろんな人に出会うという夢が叶うことを本当に祈ってます。あと僕は日本でも自分のやりたいことをやるためにリスクを背負うということはあると思います。もちろんレイラのように毎日検問をくぐることなく、学校にも行きたいところにも行けますよね。でも例えばインスタグラムなどに自分の意見を書き込むことで炎上するということがありますよね。それによって脅迫を受けたりすることもある。私も今はベルリンに住んでいますが、何かネットなどで発言する前には3回考察するという習慣がついています。誰に対してこれをいうのか……ってことに関して恐怖心があります。何も考えなしに発言するということができない。これを言うことで誰かから中傷を受けたり批判を受けるかもしれないということに、気が滅入ってしまうんです」

平和な場所であっても声をあげるには勇気が必要

ドロール・ザハヴィ監督

監督は、ひとつひとつ言葉をゆっくり選びながら現代のネット社会が抱える問題にも言及した。

ザハヴィ監督「実際に紛争が起きているところ。例えばレイラが住んでいる場所では催涙弾が飛び交い、ガスで涙が出て練習ができなくなることがある。それに比べたら、日本にいる皆さんはテルアビブにいるユダヤ人のロンのほうに状況は近いのかもしれません。だけれどもロンだって、この映画ではそこまで描いてはいませんが、彼にも自分の置かれている立場の中で、なにかしらの葛藤や責任というものがあるかもしれない。つまり平和な場所であったとしても声をあげることに対する恐怖心というのは伴うものだと思います。声をあげるには勇気が必要だったりしますよね。皆さんはミュージシャンなわけですが、ある意味、表現として芸術として、政治からは自由な立場にいます。ただ例えばワーグナーなどは、反ユダヤ的作曲家と言われていて、彼が最も活動していた時に彼の発言などは物議をかもし出していました。でも彼の音楽は素晴らしい。純粋に美しく、彼の誤った発言を超えて作品があるわけです。もちろん美術として芸術として作品は中立であったとしても、皆さん自身はそれぞれ意見を持った人間です。だから個人の意見はそれぞれ存在するわけですし、あえて黙っている必要はないと思います。何か世界のこととか、声をあげる必要があるなと思ったら、それを怖がらずにやってほしいなと思うんです。ツイッターとかで物議をかもしだしなさいとけしかけている訳ではないですよ。もちろん時には時間の無駄になることも、無意味な議論になることもあるでしょう。でももっと深いレベルでお伝えしたいのは、皆さんそれぞれに個人個人の価値観があって、それで人間は成り立っているものだということ。これは戦う価値があると感じたならば、怖がらずに是非立ち向かってほしいと思うんです。今って、すごく誰もが恐怖心に駆られていると思うんです。本来、民主主義の世の中なら、自分たちの意見を自由に言えるはず。なのに、みんなすごく怖がっている印象があるので、恐れずに行動してほしいと思いますね」

『クレッシェンド 音楽の架け橋』© CCC Filmkunst GmbH

音楽を学んでいる生徒さんらしい、こんな質問も飛び出した。

生徒「たくさんの曲がこの中に登場します。『カノン』などは、同じ旋律をくり返すものですが、これはお互いの音が聞けていないというのを象徴的に見せるために使ったのかと思いました。ボレロも最初にスネアの音で始まって、そこに少しずつたくさんの楽曲が加わっていきますが、それも対立している国同士のメンバーが、だんだん仲間となっていく、メンバーが増えていく様を表しているのかなと思ったのですが。他にも選曲について教えていただきたいです」

ザハヴィ監督「今、例をあげた楽曲に関しては、まさにそういう理由でチョイスしたものです。正直、どの曲を使おうかと考えた時、まず観る人にとって複雑な作品はやめようと思いました。クラシック映画で好きな曲と質問した時に、上位20位内に入る有名曲を選ぶようにも心がけたんです。というのも音楽に関する映画だとはいえ、あまり音楽に持っていかれないようにしました。あくまでも若者たちが紡ぐドラマに焦点をあてさせたかったので。それにたくさんの人に聞いていただいた時に感情の起伏とか高まりを楽しめるようなセレクトにしました」

そしてこんな感想も。
生徒「この映画を見て、音楽や政治のこと、人種など、いろいろなことについて考えさせられました。私達は平和に慣れすぎているから、映画のストーリー自体がすごく遠い話のように感じてしまいましたが、SNSもある今の時代の話なんだなと思うと恐ろしいです。映画の中ではボレロをあわせていたシーンが、とても印象的でした。人種や政治の壁、音楽の作り方なんかも違うけれど、それでも互いを理解し、敬意をはらうことがいかに大切かがわかった気がします。だから自分も音楽を学んでいるので、そういう心構えを自分もアンサンブルをやる時は大切にしたいと思いました」

それを聞いた監督はとても嬉しそうに「その感想を聞いて、まさにそれが私が映画で訴えたかった点なんです。指揮者のスポルクの果たした役割というのは、人と人との仲を繋ぐというもの。音楽を教えるだけではなく、心理的フォローをする必要があった。本当に人間というのは簡単に相手を侮辱したり傷つけるというようなことをしてしまうもの。この映画では人間の関係というものが、いかに脆くて崩れやすいかが描かれています」と語り、特別授業を終えた。

映画『クレッシェンド 音楽の架け橋』

【Story】
世界的指揮者のスポルクは、紛争中のパレスチナとイスラエルから若者たちを集めてオーケストラを編成し、平和を祈ってコンサートを開くという企画を引き受ける。オーディションを勝ち抜き、家族の反対や軍の検問を乗り越え、音楽家になるチャンスを掴んだ20余人の若者たち。しかし、戦車やテロの攻撃にさらされ憎み合う両陣営は激しくぶつかり合ってしまう。そこでスポルクは彼らを南チロルでの21日間の合宿に連れ出す。寝食を共にし、互いの音に耳を傾け、経験を語り合い…少しずつ心の壁を溶かしていく若者たち。だがコンサートの前日、ようやく心が一つになった彼らに、想像もしなかった事件が起きる――。

配給:松竹
1月28日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

記者の目

あっという間に予定の1時間をオーバーしてしまった、今回のオンライン特別授業。
「本当に素晴らしい機会を与えてくださってありがとう」と監督も語っていたが、それは生徒にとっても同じ思いだったろう。この機会で監督と意見交換ができたことで、違う角度で作品を観ることができたと思うし、また人と繋がることの大切さなど、生徒にとってはいろいろと考えることに繋がったはず。こういう貴重な体験を是非自分の音楽だけでなく、人生にも活かしていただきたいと思った。

文:横森文

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