2022.04.11
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海外にルーツを持つ子どもたち(前編) 専門的教育支援団体「YSCグローバル・スクール」の取り組み

現在、日本には280万人以上の外国人が暮らしている。これに伴い、海外にルーツを持つ子どもたちも増え続けており、日本の公立学校に在籍する日本語指導が必要な児童生徒は5万8千人以上となった。ところが、海外にルーツを持つ子どもたちの1万人以上が、日本語がわからないにもかかわらず無支援状態に陥っているという現実がある。中には、学校でほとんど何の支援も得られず、孤立してしまう子どもたちも少なくない。
今回は前編・後編で、海外にルーツを持つ子どもたちに、専門家による日本語教育・学習支援機会を提供している「YSCグローバル・スクール」の取り組みを紹介する。海外にルーツを持つ子どもたちに必要な支援とはなんなのか、そして学校でできる支援とはなんなのか、考えながら読み進めてほしい。

海外にルーツを持つ子どもとは

海外にルーツを持つ子どもというと、真っ先に「外国籍の子ども」をイメージするかもしれない。一般的には、国籍に関わらず、次のような背景を持つ子の総称として使われることが多い。

・外国籍の子ども
・日本国籍(または二重国籍)で保護者のどちらかが外国出身者の子ども
・保護者の両方またはどちらかが外国出身者の子ども
・海外生まれ、海外育ちなどで日本語が第一言語ではない子ども

一口に海外にルーツを持つ子どもといっても、背景にはさまざまな事情が絡み合っている。そのため、支援者は個々の日本語力や学習状況に応じてサポートしていく必要がある。

YSCグローバル・スクールとは

YSCグローバル・スクールは、NPO法人青少年自立援助センターが運営する、海外にルーツを持つ子どものための専門的教育支援団体。2010年より東京都福生市を拠点として、数10ヵ国にルーツを持つ6歳以上の子ども・若者たちを年間100名以上受け入れている。

活動内容は日本語・教科学習の支援がメインであり、平日の5日間、日中と放課後に複数のコースを開講している。子どもたちの状況に応じたサポートを提供しており、「フルタイムで通う」「在籍学校と相談した上で、週に2日間だけ学校に通いながら、残りの3日間はYSCグローバル・スクールで日本語の勉強をする」「日中は学校に通いながら、放課後YSCグローバル・スクールに塾として通う」など、さまざまである。

なお、日本語を教えているのはすべて日本語の指導資格を持った専門家である。日本語以外にも、学校や塾、学習支援などで教えた経験を持つ講師たちが教科指導を担当している。

2016年からは、日本語を母語としない子どもたちの支援機会を地方にも広めるため、ICTを活用したオンライン授業「NICO|こども×にほんごプロジェクト」の運営を開始。現在はコロナ禍ということもあり、zoomでオンライン授業を受講する生徒と、教室に通う生徒が同じクラスで学ぶ「ハイブリッド形式」で授業が行われている。

授業を拝見

日本語教育と教科学習を橋渡しするハイブリット型授業

SCグローバル・スクールでは、現役中学3年生および15才以上の既卒者(形式卒業者や新規来日者)を対象とした、高校進学支援に特化したプログラム(高校進学準備コース)を用意。当コースでは、週5日の時間割が組まれた教科学習(日本語、数学、英語、理科、社会)の他、受験の面接対策、外部講師を招いてのキャリア教育、総合学習としての防災教育などを行っている。

今回は、2022年3月10日に行われた高校進学準備コースの数学の授業をリポート。参加人数は、教室とオンラインをあわせて10ヵ国以上のルーツで、20人程度。クラスでは進路がすでに決まっている子どもが多く、高校入学の準備として、日本語教育と教科学習を橋渡しするようなグループ授業が実施された。

【授業概要】

学年:中学校3年生

単元:『相似な図形』

ねらい:学習言語の確認をしながら、相似の証明を用いて「三角形と比の定理」を導入する

授業者:学習支援担当 密山和香子さん

使用教材:数学の教科書準拠教材、ノート、電子ホワイトボード

電子ホワイトボードにノートの罫線を映しながらノートの書き方を指導

授業はノートの書き方を教えるところからスタート。

「みんな、高校に行ったら、数学、理科、英語など、教科ごとにノートを用意しましょう。数学のノートは線が入ったタイプ(罫線タイプ)のものだと、グラフが書きやすいですよ。あと、日本の学校では、ノートを出して(提出して)くださいという先生もいるので、きれいに書くようにしましょう」


その後、これまでに習った「平行」「垂直」といった学習言語を、子どもたちがわかるレベルの日本語を使って、漢字・ふりがな・概念それぞれを順番に確認しながら復習していく。

密山先生「言葉の復習からしましょう。ノートの線の上に書いてある、2つの線(lとm)はどんな関係ですか?」

子ども「平行」

密山先生「そうです。平行の漢字はわかりますか? 平行はわかる子が多いね。じゃあ、平行のサインは覚えていますか?」

垂直についても同様に、教室・オンライン両者の子どもたちの理解度を測りながら、密山先生はゆっくりと授業を進めていく。

次に、『相似な図形』の要ともいえる「証明」の問題に入った。

「この△ADEと△ABCは相似です。どうして相似なのか、考えてみてください。このことを説明する言葉を『証明』といいましたね。まずはみなさんのノートに、三角形を書いてください。書くときは、ノートの線を使ってDEとBCを平行にしましょう」

密山先生は子どもたちのノートを見てまわりながら、つまずいている子の理解を促していく。

密山先生「どうですか? ADEとABCは 何が同じ? そう、∠Aが同じですね。同じことをなんというっけ? 『共通』です。共通はよく使う言葉なので覚えましょう。他にどこが同じですか?」

子ども「DEとBCは平行」

密山先生「そうそう。平行だったらどこの角度が同じですか?」

子ども「∠Eと∠C」

密山先生「そう。平行のときはここの∠が同じになります。これはすでに勉強しましたね。∠Dと∠Bも同じですが、書くのはひとつだけでいいです。2つの線が平行なとき、どうして角が同じになるんだっけ? 2年生のときの勉強だから覚えていないかもしれないけれど、これを『同位角』といいます」

その後、相似な図形の長さを求める問題を出した後、本日の授業のまとめに入った。

「DEとBCが平行のとき、AD:AB=AE:AC=DE:BC というルールがあります。このことを、名前がちょっと難しいけれど、『三角形と比の定理』といいます。ノートに書いておいてね。今度の授業ではこの定理を使う練習をもっとしていきたいと思います」

授業者に聞く

日本語力×教科内容の習熟度=理解力

学習支援担当 密山和香子さん

――授業を拝見し、密山先生がオンライン参加の子どもたちも含め、声がけをしながらゆっくりと授業を進めていたのが印象的でした。

密山和香子(敬称略 以下、密山) 海外ルーツの子ども向けの「やさしい日本語」を用いた特有の語彙コントロールを行い、オンラインと教室にいる生徒の両方に確認しているため、自然とゆっくりになります。今回は3月のご見学でしたが、夏頃ですと、子どもたちの日本語力が今よりは途上なので、もっと語彙レベルを下げた話し方をしています。

――話す速度以外にも、子どもたちの理解を促すためにしている工夫はありますか?

密山 今日の授業の場合は、いきなり証明の問題には入らず、導入を設け、板書に漢字のふりがなを振って概念の確認などを丁寧にしました。また、子どもたち全員がわかるレベルの日本語の語彙で解説したり、見やすい板書とビジュアルにしたりするなど、言語の負荷を下げて伝えることを心がけています。

――使っている教材についても気になりました。授業で使用していた教科書は、海外にルーツを持つ子どもに向けた教科書でしょうか? 

密山 当スクールでは、英語、数学など主要科目では基本的には日本の学校で使う教科書と同じレベルのものを使います。今日の授業で使用していたのは、学習塾等でも使用される教科書準拠教材です。進学クラスの子どもたちは、日本の高校に入って、日本人の学生たちと同じ数学の教科書を使用するので、その準備もかねています。

――子どもたちは、わからないときに自分から質問できるものですか?

密山 個人差はありますが、質問すること自体が難しい子も多いです。母語以外の言語で細かなニュアンスを伝えながら質問するのは存外に難しく、勇気もいります。基本的にはこちらからその子のわかる日本語レベルで積極的に声をかけ、質問しやすくなるようにしています。

――声をかけたときの反応から、子どもたちの理解度に差があるように見受けられました。

密山 今日は私1人でクラスを担当しましたが、先生が2人いる日もあって、日本語や数学の習熟度によってクラスを分けています。ただ、今日のようにクラスを分けられない場合は、全員が100%同じところまで理解できないというのを前提に、最低限わかってほしいところを決めて授業を進めるようにしています。さらに進んだことができる子に対しては、プラスで問題を出したり、少し上のレベルの日本語表現で質問したり、読んでもらったりすることもあります。

――授業を拝見しながら、海外にルーツを持つ子どもは、数学の知識や問題の解き方と学習言語を同時に習得しなければならないのだと実感しました。一般的に学習言語の習得には5〜7年ほどかかるといわれていますが、やはりそのくらいかかってしまうものですか?

密山 その場合の「学習言語」は、厳密にいうと「学習言語能力」といいますが、学習言語能力の習得は、母語の確率と深い関係にあります。また、習得しやすいかどうかは、来日した時期や来日前の学習歴によるところが大きいです。

一般的に学習言語能力の習得がはじまるのは9〜10歳くらいからだといわれています。小学校1〜2年生で来日し、日常的な会話で使う「生活言語能力」を習得した子どもは、小学校5〜6年生になると学習言語能力を習得していきます。一方で、9〜10歳くらいに来日した子は、母語での学習言語能力がまだ確立されていない状態で日本語も入ってくるので、どちらの言語の習得も難しくなる場合があります。この状態をダブルリミテッド状態というときもあります。逆に、16〜17歳くらいで来日した子は、多くの場合、母語がしっかり確立されています。教科学習についての概念が理解できていれば、日本語で言い換えればいいだけなので、学習言語の理解もスムーズです。

一番大変なのが、日本語の習得が途上で抽象概念の理解も難しいケースです。そういった子の場合は、教えながらその子がつまずきやすいポイントを把握し、適切なレベルの日本語で、概念理解の補助となるような声かけをするようにしています。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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