2016.07.21
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みんなが歴史を学ぶには~大学の先生からの質問に答えて~

明光学園中・高等学校 進路指導部長 前川 修一

みなさん、こんにちは。

さっそくですが、読者のみなさまは高校時代に選択された、地理歴史科・公民科の科目を覚えていらっしゃいますか?

このあいだ、私の高校日本史のAL型授業実践について、Benesse『VIEW21』(高校版)でとりあげられたのですが(http://berd.benesse.jp/up_images/magazine/VIEW21_kou_2016_06_al.pdf

これをご覧いただいた、ある大学の先生(理科系)とメッセージを交わしていて、以下のご質問をいただきました。

許可をいただいて掲載します。 

◇ ◇ ◇ (以下引用)

ざっと拝見致しました。2点思ったことがありました。 

もう20年以上前になりますが、私が高校生の時、高校1年生での必修社会は、地理と倫理・政経でした。日本史と世界史は理系進路選択者で履修する生徒は少なかった記憶がありますが、大人になるとふつふつと日本史や世界史に対して学習意欲が湧いてきます。理系選択の生徒は、結構、日本史や世界史に対して、特にアクティブ・ラーニング型授業では、面白い切り口で参加できるように感じます。という、理系進路を選ぶ生徒には、結構面白い「カクレレキシタン」いるんとちゃう?というつぶやきが1つ目。 

もう1つの感想は、生物学でのグループディスカッションでもそうですが、考察・自由な発想を重視してグループディスカッションを実施すると、いろいろ意見は出てくるんですが、発散した思考をまとめる(収束させる)のに苦労します。やはりまとめでは、教科書的にはどう記述されているか?、大学受験では何が正答とされるのか?というところでまとめるのでしょうか? 

そうすると、必ずそういうまとめ方に「思考の引っかかり」を感じる生徒が出てきますね。そういう「思考の引っかかり」を大切にしてねと指導したいのですが、その発展的に伸びる可能性がある部分をその後、どのように指導すべきか?と考えると、課題研究の様な学習に繋げることぐらいしか思いつきません。高校現場でそれは妥当なアプローチでしょうか?

◇ ◇ ◇ (引用終わり)

普段はなかなか考えない問いをいただきました。

私なりに考えた答えを、記してみたいと思います。

 

1.歴史を学びたくても学べない、理系志望者

 

まことに悩ましい問題ですが、現行のカリキュラムでは理系生徒の履修科目として、公民は「現代社会」もしくは「政治・経済」、地歴は「地理」と相場が決まっています。理系科目の「数学Ⅲ」や「基礎」のついていない「物理」「化学」「生物」の履修(それに関係する「〇〇演習」も設定するのが一般的です)を履修させるためには、地歴・公民科等他教科の単位数を大幅に減らす必要があり、したがって2単位科目の「政治・経済」や、一般に負担の少ないとされる「地理」が理系の選択科目に固定されてしまうからです。 

しかし、理系の生徒が歴史系科目を履修できないのは、個人的にはたいへん問題があると思っております。それは最後に述べます。 

理系の生徒も世界史は必修ですので、どこかの学年で1年間のみA科目(2単位)を受講します。しかし、これまでの教授法では2単位ではAの教科書を終えることはできず、受験には不向きとされてきました。ところが歴史が好きな理系生徒は必ず存在し、強者の生徒はどうしても歴史で受験したいと、あとは独学で勉強して(もちろんサポートはしましたが)、歴史科目で受験して農学部に合格していった生徒もいます。

さて、多くの先輩教員から聞いてきた話を総合すると、昔の生徒(1970年代くらいまでか?)は社会の科目については、日本史・世界史・地理・政治経済・倫理すべてを履修した。しかし、教科書を全部終わる科目は稀であった、ということでした。

そこで・・・、

(A)教科書を完ぺきに終わるが(授業でさらうが)選択できる科目は少ない
(B)ひととおりすべての科目を履修できるが教科書は終わらない

(よくいわれる「日本史は明治維新まで」が一般的だった時代があります)

の、どちらがいいのか、考えてしまいます。

個人的には(B)は牧歌的でいい時代だったなと思うのですが・・・。

 

これらを総合的に解決する可能性を高くするのが、いわゆる三位一体改革と同時並行で検討されている新科目「歴史総合」です。

「歴史総合」はこれまでの教科書のつくりをまったく別物に変える可能性があります。例えば、地震の歴史、といったときに、地震は政治区分上の1つの時代だけでは完結しません。平安時代(9世紀)に起こった貞観地震と2011年の東日本大震災との関連、というスケールで見ていきます。また、世界史との関連がでてきます。単に自然現象としての地震ではなく、地震が社会にもたらした影響を100年単位で分析し、国際的な切り口で学習していくわけです。 

ここで大事になるのは、何年に何が起こったということを時系列で覚えていくことではなく、歴史の見方、判断の仕方、捉え方です。

日本のこれまでの学習指導要領では、歴史科目の目標として「歴史的思考力の育成」および「国際社会に主体的に生きる日本国民としての自覚と資質の育成」を掲げてきました。

もちろん、大事なことです。

けれども、ドイツの歴史の教育課程では「疑問のコンピテンシー・判断のコンピテンシー・方法のコンピテンシー」が、イギリスでは「歴史学の概念(継続と変化、原因と結果、類似、差異と重要性)の理解、概念の活用、探究方法の理解、見方の獲得」が掲げられているそうです。

こちらがより具体的な感じがするし、歴史教育の目的が、社会でそのまま活用できるジェネリックスキルにつながっている印象を受けます。

新しく設定される「歴史総合」は、「自国のこと、グローバルなことが影響しあったり、つながったりする歴史の諸相を学ぶ科目」と規定され、「歴史の中に『問い』を見出し、資料に基づいて考察し、互いの考えを交流するなど、歴史の学び方を身に付ける」とあります(文部科学省ホームページより)。

結論を教師が与えるのでなく、資料(史料)やグラフなどの判断材料を生徒に渡して、生徒自身に判断してもらう。クリティカルに歴史を判断し考え、自ら表現できる人間を養う。そういうコンセプトと理解しました。 

これに大学入試改革がリンクする(はず。またしなければならない)ことと思います。 

センター試験に代わる大学入学者選抜テストや、各大学の2次試験では、細部にわたる年代や人名、事績を問うのではなく、歴史のとらえ方、考え方を試す記述問題(考え方の材料は全部提示したうえで、それをどうまとめ、自論を構築するか)が主流になっていくはずです(現に東京大学の入試問題における歴史科目(世界史・日本史)はそうなっています)。そうなれば、400ページ近い歴史教科書を覚えこまなくても充分に対応できるはずですから、理系だろうと文系だろうと関係なく受験できるようになると思います。理系の方が平均点が高い、ということもあるかもしれません。

私の理想としては、文系・理系に関係なく、みんなで歴史の授業を受けて「カクレレキシタン」にならず、堂々と多様な意見を闘わせることのできる歴史科目の授業ができたら、どんなにいいかと思います。その日がくるのを心待ちにしています。

 

2.発散した思考をまとめる(収束させる)にはどうしたら?

 

これも難しい問題ですが、今次言われている中等教育での学習の段階として(A)習得(B)活用(C)探究の3段階があるといわれます。

結論から言って、高校の授業では(B)活用までやるのが精いっぱい、と私は考えています。

そういうと先進的な教育カリキュラムを有する高校(○○のキセキで有名な某高校など)の場合はどうか?と問われそうです。

現実に先進校の(C)探究活動は、そんじょそこらの大学生のレベルを超えています。大学院のマスターコースに飛び級してもいいくらいの精度で研究しているので、見学する側はあっけにとられてしまいます。

残念ながらそうした学校は特殊であると言わざるを得ません。日本全国の高校がそのようにはとてもいきません。それだけの環境が整っていないからです。

(C)探究活動ができる環境(条件)としては、入学してくる生徒の学習レベルの問題や地域性の問題、学校の設立基盤やインフラの問題など複合的に存在し、それらがすべて揃わないと実現は厳しいと思います。高校の授業段階では(B)の活用レベル、それも安彦忠彦先生は活用Ⅰと活用Ⅱに分類され、成田秀夫先生は具体的な実践例を示されていますが、できればⅡに近づけたい、というところです。

ちょっと話が飛躍しましたが、私の授業の場合はワークを使って復習させる場合に、必ず教科書をチェックさせます。

まず「教科書」がどう書いているかが基準になるので、「教科書」を使ってワークの記述問題を解かせてまとめさせる作業を宿題にするか、テスト前の学習に取り入れるかしています。それでも疑問を持った場合には、材料を与えてレポートにまとめさせ、それを夏休みの宿題等にあてて平常点として加点したこともありました。しかし、そこまでする生徒は稀です。他教科の学習もありますので、いまの生徒は時間的には余裕がありません。

私は授業中に思考が発散することは、(A)習得にもとても有効だと考えています。そのための「思考のとっかかり」と言ってもいいくらいです。

長い間「教科書」内容を自分なりに整理して板書するだけの授業をやってきましたが、それでは生徒自身の頭は全く回転しないのです。それどころか教師である自分の頭も回転していなかった!(退職まであと10年あまり。それに気づかせていただいただけでも、今次の教育改革の波はありがたいことだなと思っております。)

思考のとっかかりがあって、「教科書」の文言が生きてくる、浮かび上がってくる、疑問も持つことができる。

いま実践している授業はその段階です。

高校の授業段階では、やはり最後は「教科書」に戻り基礎・基本を習得すること。「教科書」を使って定説を押さえることでいったん収束、そこから次への展開を考える、ことにつきると考えています。

 

3.「カクレレキシタン」をオモテに~歴史はみんなのために~

 

ある大学で、歴史学および歴史教育のフォーラムがありました。そのとき、定年を控えた東洋史のある先生が「これは私の遺言だと思って聞いてほしい」と、以下のことを話されました。

最近は大学の全学会議で発言しても、医学部や工学部の先生方に、「もう歴史はいいですよ」と遮られ、真面目に相手してくれなくなったというのです。昔ならあり得ない事態だと憂慮されました。「だからこそ、そういう理系人間を作らないように、中・高の歴史の先生にはがんばってもらいたい」と注文をつけられました。

近年の文科系軽視、排除の傾向を示しているトピックだと思います。

昔の理系人間、例えば縄文時代のゴミ捨て場である大森貝塚は、植物学者のE.S.モースが発見・命名したものでしたし、鎌倉時代の「元寇防塁」も医学部の生理学者で考古学も勉強していた中山平次郎によって名づけられました。歴史に限定しなければ、夏目漱石の弟子である寺田寅彦は物理学者でしたし、原子核物理学者で東大総長だった有馬明人氏は俳人としても有名です。

文科系学問の軽視の原因としては、言われているように反知性主義の流行や教養教育としてのリベラルアーツの衰退、学問のタコツボ化などがあるのかもしれません。

しかし、私がここで問題にしたいのは、どのような分野においても、ものごとを時間のタテ軸でとらえる歴史的見方なくして、はたしてこれからの未来を乗り切れるのか?ということです。

その点で、さきほどの大学の先生の「(理系出身者でも)大人になるとふつふつと日本史や世界史に対して学習意欲が湧いてきます。理系選択の生徒は、結構、日本史や世界史に対して、特にアクティブ・ラーニング型授業では、面白い切り口で参加できるように感じます」というお言葉は実に示唆的であると思います。

そう考えると、歴史を学ぶ意欲を持った理系の人々の芽を摘まないためにも、そもそも歴史学や歴史教育そのものを「文系」として分類しきってしまってよいのか?という疑問さえ出てきます。

歴史の問題は文系の学問やアプローチだけで解決できるものではありません。物事は複合的に成長・発展するものであって、総合的に見ていかなければ歴史の実相にはたどり着けないのです。逆に言えば、だからこそ、歴史は普遍性があるのであって、誰もが考える価値があるものだと思います。

そろそろ「みんな」が参加できる歴史学習のスキームが、新しいカリキュラムマネジメントの中に位置づけられてもよいのではないか、と思っています。

みなさまは、どのようにお考えになりますか?

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 参考文献:

 成田秀夫「アクティブラーニング型授業づくり 習得・活用・探究とアクティブラーニング型授業」(小林昭文・成田秀夫編・河合塾編集『今日から始めるアクティブラーニング』学事出版 2015.9)

 文部科学省ホームページより「歴史教育」(PDF)

前川 修一(まえかわ しゅういち)

明光学園中・高等学校 進路指導部長
インタラクティブな学びの場がどうしたら実現できるか、有効かを、日本史・中学公民のAL授業や進路指導を通じ考えています。平成28年度日本私学教育研究所委託研究員。

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