2015.06.09
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『チャイルド44 森に消えた子供たち』 恐怖政治下での教育の重さを描いた傑作ミステリー

今回は、緊張感あふれる傑作ミステリーに、愛や教育、生きることの重さを描き出した『チャイルド44 森に消えた子供たち』です。

恐怖政治下、誰もが息を潜めて暮らす日常に事件は起きた

『チャイルド44 森に消えた子供たち』は、1950年代のソ連を舞台にした物語だ。50年代のソ連といえば、スターリンの恐怖政治下にあった時代。まず本作は、観る者をその時代のソ連の世界へと引きずり込んでいく。主人公はレオという男性。彼は1933年、孤児院から脱走、軍人に拾われてレオと名付けられた過去を持つ。1945年にはレオは第二次世界大戦に加わり、ベルリン陥落に貢献し、戦争の英雄として新聞にも報道されることに。そして帰国後は国家保安省(MGB)に務め、反体制活動を取り締まるエリート捜査員として出世。プライベートでも教師をする美しく聡明なライーサという女性を妻にし、何不自由ない生活を送っている。
つまりレオは孤児院を抜け出してからは、国に献身的に尽くしてきた男なのだ。そのことに何の疑問もなく生きてきたのである。

ところがそんなレオの日常に一石が投じられ、不穏な輪が広がっていく。それはレオの戦友で、現在は部下として働いているアレクセイの息子、8歳のユーラが不審な死を遂げたことから始まる。検死結果は不運な列車事故。ところが、死体が全裸だったことなど、明らかに列車事故とは断定できない点があり、アレクセイは殺人だと訴える。しかし殺人は資本主義の弊害によるもの、理想国家(ちなみに劇中ではパラダイスと呼ばれている)であるソ連で殺人はあり得ない……と、殺人の可能性は政府によってひっくり返されてしまう。しかも、レオは殺人を訴える戦友が反逆罪で逮捕されることのないよう、懸命に「あれは事故だ」とアレクセイを言い聞かせに行かなければならなくなる。
自分の大事な息子がもしかしたら殺されたかもしれないのに、いやむしろその可能性が高いのに、国家の秩序を守るためにその思いをねじ曲げなければならないとは! 何と恐ろしいことだろう。自由に暮らす今の私達からは想像もつかないことだが、社会の体制が変わるだけであっという間に黒いものは白くなり、白いものは平気で黒くなってしまうのだ。
しかもだ、今度はレオに危機が及ぶ。スパイ容疑でとらえた男が、同じくスパイだとしてレオの妻ライーサの名前を挙げたのだ。保身のためならば、妻だろうが友人だろうが、なんの躊躇もなく、その名を密告するのが普通だった時代。結果的にはレオはライーサをスパイだと報告しなかったが、そのせいで彼は長年務めていたMGBをいとも簡単に追われ、モスクワから地方都市ヴォリスクに左遷させられることになってしまうのだ。しかもMGBではなく、民警として。

誰もが常にMGBを恐れ、息を潜めて暮らしていたその時代の恐怖を、本作はレオに寄り添いつつ体感させてくれる。また、不用意な発言は一切できず、時には愛情すらも捨てろと迫る国家の姿勢に、憤りと恐怖を心の底から感じさせられる。その描写が実に丁寧で素晴らしい。

深まる謎の一方、愛や教育の重さを描き出す

本作は、教育が持つ恐るべき力も感じさせてくれる。レオは歪んだ社会の中で、懸命に国家に尽くしながらも自分で考え、何が正しいのか、何が真実なのかを見極める眼を養ってきた。一方、レオと対立する、レオの部下であるワシーリーという男は、そういった真実を見る目がない。ただ歪んだ社会に流されて生きてきた結果、自分自身も歪んだいわゆる“悪”となり、レオに執拗なまでに絡んでいく。度を超えた危険な粘着気質、精神的に歪んでいるとしか思えない。しかし、そう仕向けているのは恐怖政治下の社会であり、教育がもたらした結果なのだ、と観る者は気づくはず。密告が当たり前の、誰も信用できない世の中をおかしいとも思わず、それを当たり前と感じる。そういう教えを受けて育ったからこそ、ワシーリーのような人格が生まれたのだ。誰もが教育の重さを痛切に感じるだろう。
特に心が傷んだのは、ヴォリスクに行ってから初めてライーサが本音を明かすシーン。プロポースにYESと答えたのは、別にレオを愛していたからではなく、MGBであるレオが怖かったためだと。もし断ったら何をされるかわからないと思ったからだと告白する。それを聞いて呆然とするレオ。そりゃそうだろう。ライーサを愛しているからこそ、自分も反逆罪に問われるかもしれない覚悟で、彼女はスパイではないと命がけの報告をしたのに、実は彼女の心は全く自分にはなかったのだから。そんな器だけが夫婦だった二人が、様々な事件や出来事を通して、本当の夫婦になっていく。二人の成長、またラブストーリーとしても、本作は楽しめるように作られている。
さらにヴォリスクではレオの存在が周囲の人々の心を変えていく。この地方都市でもアレクセイの息子と同じような死因で亡くなった少年達がいたのだ。そのことに気づいたレオは、子ども達を守るため、連続殺人鬼であった真犯人をとらえるため、自ら行動を開始する。危険を犯し追放されたモスクワにも忍んでいく。そんなレオに触発され、ヴォリスクの民警署長ネステロフ将軍(ゲイリー・オールドマンが好演!)が、やはり危険を顧みずに動き出すのだ。レオの勇気ある行動が、署長をも動かし、犯人を追い詰めることに一役買っていく。
どんな状況下にあろうとも、そこで自ら考えて行動を起こすか否かで人生は変わってくる。もしレオが動かなければ、ネステロフ将軍が動かなければ、ひょっとしたらネステロフ将軍の大切な子ども達が毒牙にかかった可能性もないとは言えないのだ。逆に言えば、行動を起こさなければ、確実に何も起こらないことを、本作はしっかりと教えてくれる。

原作は、日本のミステリー・ファンが絶大な信頼を寄せるムック『このミステリーがすごい!』の、2009年海外編第1位に輝いただけあって、ハンパない緊張感で最後まで楽しませてくれる。傑作ミステリーとしての魅力絶大であると同時に、愛とは何か、教育とは何か、正しく生きるとは何かをじっくりと考えさせてくれる点も本作の素晴らしいところ。良い映画は様々なドラマを内包するものであるが、この映画もその例に漏れない。そういう意味でも色々な人に観ていただきたい作品だ。

最近は、自分で想像せず、少しでも知らないことがあると何でも聞いてきて、マニュアル通りにしか動けなくなっている子どもが多い印象を持つ。そういう子達が、もしスターリン時代のような境遇に陥ったら、どうなるだろうか。レオのように立ち止まり、自ら考えて想像して動くことができるだろうか? いや、きっと、間違った社会の流れに無意識のまま乗っかって、自分自身も歪んでしまうワシーリーのようになってしまう可能性は大いにある気がする。そうならないよう、自分の目で見て、自分の考えで行動する。その大切さを、こういったちょっと怖い映画を通して語り合うこともよいのではないだろうか。
Movie Data
監督:ダニエル・エスピノーサ/原作:トム・ロブ・スミス/製作:リドリー・スコット、マイケル・シェイファー、グレッグ・シャピロ/出演:トム・ハーディ、ゲイリー・オールドマン、ノオミ・ラパス、ヴァンサン・カッセルほか
(c)Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
Story
1953年、スターリン政権下のソ連で、子ども達が次々と変死体となって発見される。年齢は8歳から14歳、ほとんどの死体が全裸。山間で発見されるのに溺死しており、しかも内蔵の一部を摘出されていた。事件が連続殺人犯によるものだと推理した元MGBのレオは、危険を犯して氾人を探し出そうとするが、国家にその行く手を阻まれてしまうことに。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

夢の実現に向けて、背中を押してくれる作品

全米で大ヒットした『トゥモローランド』。そのヒットもうなずける。なぜなら最高に気持ち良く映画館を後にすることができる上に、夢を忘れないことの大切さを教えてくれる作品だからだ。常にポジティブに真剣に荒廃しかけている地球をどうしたら救うことができるかを考えているヒロイン、ケーシー。そんなケーシーの元にある日、往年の万博で配られたバッジが届く。何と、このバッジに触れると、60年代頃に語られていた未来都市の光景が見えるのだ。その場所は実在するのか!? その地に行くために、彼女はアテナと呼ばれる謎の少女と、かつてその場所に行ったことがあるというフランクの助けを得ることになるのだが……。
見所は何があってもくじけずに、くよくよせず、前向きに突き進んでいこうとするケーシーの姿勢。その姿勢、その情熱こそが夢を実現させる原動力になるのだと、本作は高らかに謳いあげる。監督のブラッド・バード自身も14歳でアニメーターとしての才能を発揮して神童と言われながらも、なかなかアニメを監督するチャンスを得られず、くすぶり続けながらもネバー・ギブ・アップの精神で頑張り続けた人だけに、夢の実現に情熱を燃やす主人公の描き方がリアルかつ抜群に魅力的。これから色んな夢を見るであろう中学生に特に見せたい1本。夢がうまくかなわずに悩んでいる人は、間違いなく背中を押される作品だ。
監督・脚本:ブラッド・バード/出演:ジョージ・クルーニー、ヒュー・ローリー、ブリット・ロバートソンほか
(c)2015 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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