2015.05.05
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

家庭でできるキャリア教育とは?

第72回目のテーマは「小学5年生の娘が『将来、歌手になりたい』と言い出しました。どう答えればよいでしょうか?」です。

親にとって想定外の職業を子どもが希望したら?

小学校高学年ともなると、自分の将来の夢を具体的に描き出す子もいます。「アイドルになりたい」などと芸能界に憧れる子もいれば、ピアニスト、医者など「学費が高額で、ウチの家計では無理」と思う職業を目指したいという子、中には宇宙飛行士、総理大臣など非常にビッグな夢を抱く子もいるでしょう。そのとき、家庭はどのように対応すればよいでしょうか。今月は、家庭でできるキャリア教育について考えてみます。

「歌手になりたい」と「アイドルになりたい」は違う

「お母さん、私、歌手になりたい」と言われても、「は? 何バカなこと言っているの」と取り合わない親御さんもいるでしょう。子どもの将来就きたい仕事が、親自身に馴染みのないものであれば無理もありません。しかし、子どもが希望するなら、できるだけ叶える方向で協力してあげてはどうでしょうか。俳優、絵描き、ミュージシャン、冒険家など、安定した収入を得るのは難しそうな職業であっても、まずは挑戦させてみればよいと思います。具体的な仕事内容を親子で調べ、どんな能力が求められるか、そしてどんな喜びや苦労を体験するのか、一緒に仕事の概要をつかむだけでも、子どもが自分に向いている職業かどうかを考えるヒントにもなるでしょう。歌でも演劇でも、結果的に仕事にしなかったとしても、趣味として続けられれば人生を豊かにしますし、無駄にはならないと思います。

ただ、アイドルやスターになりたいという子どもには、それは本人の努力だけではどうにもならないことを教えてあげましょう。一体どうすればスターになれるのかは、長年芸能界で活動している私にもわかりません。その時代の社会情勢なのか、雰囲気なのか、恐らく誰にもわからないでしょう。オーディションの審査をする方がおっしゃるには、「受かる子には、他の子とは違う何かがある」と感じるそうですが、その「何か」が何なのかははっきりとは言い表せないそうです。アイドルやスターとは、そのくらい不確定な仕事であることを、子どもには伝えてあげた方がよいと思います。

医学や音楽など、大学の学費負担が大きい分野を子どもが希望して、我が家にはとてもそのような経済力がないとなると、「ウチにはそんなお金ないわよ」と言ってしまう親御さんも多いでしょう。家庭で対応しきれないこのような場合にこそ、学校の出番だと思います。教師は、その子の夢を聞き、今の学力を見て進学先を一緒に考えたり、奨学金の種類を紹介したり、現実的な方法論を示してあげてほしいものです。子どもにとって、教師が親身になってくれることほど心強いことはないでしょう。

一度就いた仕事を長く続けてもらうには?

最近、社会人の就職後3年以内の離職率が高くなってきており、我が子には一度就いた仕事をたとえ大変であっても、続けてもらいたいというのが親の本音ではないでしょうか。さて、どうすれば続けられるでしょう? その仕事を「面白い」と感じられるようになれば、続けられるはずです。では、どうすれば仕事が面白くなるか? 努力して上手になるしかありません。私は父親からよく「敬業楽業」という中国のことわざを聞かされてきました。これは、日本のことわざ「好きこそ物の上手なれ」の意味に近く、「どんな仕事であろうとも敬意を払い、楽しんでやりなさい。楽しくなれば上手になる」という意味です。

私は長年、歌手として活動を続けてきましたが、実は人前で歌うことは昔からあまり得意ではありませんでした。そのため、歌手を辞めたいと思ったことも何度もあります。ところが、20代後半の「結婚して引退か、続けるか」で悩んでいたとき、統制の厳しい中国でのチャリティーコンサートで、私の歌を大勢の子ども達が合唱してくれたことがありました。このとき、人々の心が一瞬、歌の力で一つになることを体験し、もしかしたら歌で「争いはいけない、人を憎んではいけない」というメッセージを世界中に伝えられるのではないかと思いました。その感動が忘れられず、「やっぱり歌手を続けよう」と思い直したのです。父の教えは本当のことだったのだと、つくづく感じています。

親は、子どもの夢を「そんなの無理よ」と、すぐにつぶしてしまう向かい風になりがちですが、子どもがせっかく持った夢なのですから、追い風となって背中を押してあげましょう。それが家庭でできるキャリア教育だと思います。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

構成:菅原然子/イラスト:あべゆきえ

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望・気になることなど、お寄せください!

「アグネスの教育アドバイス」では、取り上げて欲しいテーマ、教育指導や子育てで気になることなど、読者の声を随時募集しております。下記リンクよりご投稿ください。
※いただいたご意見・ご要望は、企画やテーマ選びの参考にさせていただきます。
※個々のお悩みやご相談に学びの場.comや筆者から直接回答をお返しすることはありません。

pagetop