2015.06.09
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意外と知らない"全国学力・学習状況調査"(vol.2)

全国学力・学習状況調査について詳しく知るシリーズの第2回目。同調査では、どんな問題が出され、結果をどう分析・評価するのか、その評価の在り方について解説します。

「学力を測る」とはどういうことか

全国学力・学習状況調査(以下、全国学力調査)ではどのような問題が出されているのでしょうか。具体的な問題を見てみましょう。平成26年度調査の小学校算数Bの平均正答率は58.4%でしたが、その中でも以下の問題を取り上げたいと思います。


算数B5(3) 事象の観察と論理的な考察(日本の伝統文化)

使いやすいはしの長さのめやすは,「一あた半」と言われています。
一あたは,親指と人差し指を直角に広げたときのそれぞれの指先を結んだ長さです。
一あた半は,一あたを 1.5 倍した長さです。
  • 一あた
  • 使いやすいはしの長さのめやす

    使いやすいはしの長さのめやす

(3)まことさんの発表を聞いて、なつきさんは妹のはしを買いに行こうと思いました。
なつきさんは一あたの長さについてさらに調べ、下のことがわかりました。
一あたは、身長の約10%の長さです。
妹の身長は140cmです。
妹の身長と、上の使いやすいはしの長さのめやすをもとに,一あた半の長さを求めると、はしの長さは約何cmになりますか。求め方を言葉や式を使って書きましょう。また、答えも書きましょう

【ポイント】

  • 示された情報を整理し,筋道を立てて考えること
  • 小数倍の長さの求め方を言葉や式を用いて記述すること

平成26年度全国学力・学習状況調査報告書 小学校算数B(国立教育政策研究所)より一部改変


これは算数のうち「数と計算」「数量関係」の領域に関 する問題であり、ポイントは、示された情報を整理し、筋道を立てて考えること、そして、小数倍の長さの求め方を言葉や数を用いて記述することです。妹の身 長は140cmであり、一あたは140cmの10%の長さなので、まず140×0.1=14とします。使いやすいはしの長さの目安は一あた半ですので、こ れを1.5倍します。14×1.5=21で、答えは21cmということになります。

結果、正答率は33.3% と、難しいと言われているB問題の中でも正答率が低い設問でした。ただし、全国学力調査はテストではなく、児童生徒の学力の現状を把握することが必要なた め、正解・不正解だけではなく、誤り方の種類まで含めて最大10個の「解答類型」に解答を分類して集計しています。解答類型の反応率を見ると、 140×0.1=14という所までは書けているが、その先に辿り着けていない児童(類型7)が28.8%います。また、前問(2)は一あた半の長さを正し く表している図を選択する問題ですが、3番の、一あたに1.5cmを足した図を選択してしまっている児童が28.4%と、正答類型の次に多い類型となって います(正しい選択肢は4番です)。恐らく、問題文にある「1.5」という数値のみを見てこの選択肢を選んでしまったのでしょう。(3)類型9(その他の 誤答)の反応率は11.8%ですが、調査結果報告書によると、その中の特徴的な解答として140に1.5を足してしまっている解答が見られるそうです。こ れは(2)で3番を選択したことに引っ張られたものでしょう。これらから、類型7および類型9を足して、4割近くの児童が、1.5倍と「一あた半」という ことを関連づけて理解することができていない可能性があるということがわかります。


平成26年度全国学力・学習状況調査報告書 小学校算数B(国立教育政策研究所)より一部改変

平成26年度全国学力・学習状況調査報告書 小学校算数B(国立教育政策研究所)より一部改変


このように、設問別に解答類型までを見ていくと、子ども達の具体的な指導上の課題を把握することができます。

学力調査と「真正の評価」

そもそも、学習の評価とはどのようにあるべきなので しょうか。近代の学校教育制度が始まった19世紀には、教師の主観的な絶対評価が中心であったと言います。その後、心理学の発展と共に心理測定の理論が登 場し、評価の信頼性(テストに統計的一貫性があるか)と妥当性(測定したい能力を的確に捉えられているか)が問われるようになりました。1970年代以降 はブルームの教育目標分類学の影響を受けて、児童生徒がどの部分でつまずいているかを把握する診断的評価・形成的評価が広まっていきました。そして現在 は、学校知を評価するのではなく、実社会の状況の中で意味を持つ知を評価する「真正の評価(authentic assessment)」へと、評価の在り方は大きく変化してきています。

前回述べた通り、全国学力調 査の特にB問題はPISAに大きな影響を受けて作られており、教育における「真正の評価」と深く関係しています。「真正の」とは、リアルな課題であるとい うことです。リアルな課題ゆえに、子ども達が目的意識と意欲を持って挑戦したいと思えるのと同時に、リアルな課題ゆえに、それを解くために高度な応用力が 必要となります。言ってみれば、調査において問うている学力観そのものが違うということです。全国学力調査でA問題は解けるがB問題が解けないというの は、基礎ができて応用ができないという単純な話ではなく、前提にしている学力モデルが違うからとも言えるかもしれません。京都大学教授の田中耕治氏は、真 正の学力モデルと従来の学力モデルの違いについて、下表の通りまとめています。

局面
真正の学力モデル
従来の学力モデル
問題
オープン・エンドで、複雑で、状況的で、リアルな生活を映し出す問題に焦点化されている。
単一の答を持つ問題、状況を無視した単純な質問、不自然で、リアルでない問題が強調される。
教材
あくまでも一次資料を強調し、「深さ」を提供する多面的な教材を使用する。
二次資料に依拠しつつ、単純で表面的なテキストを使用する。
カリキュラム
主要な概念、有効な方略を強調し、「深さ」を提供するカリキュラムである。
事実や公式のみを強調するカリキュラムである。
教育評価
知識を保持していることを実演すること(デモンストレーション)を強調する、真正のパフォーマンスを通して学力を評価する。
記憶したことや理解したことに的を絞った短答式のテストを使う。
授業
高次の思考スキルを強調したり、足場(scaffolding)を提供したり、メタ認知を容易にしたり、グループ討論を使ったり、徹底した学習に価値を置くなど、様々な授業へのアプローチを要求する。
伝統的な授業モデルであって、教師が説明して、生徒は聞き、低次の思考スキルを強調し、教師の指示に従わせ、メタ認知に関心がなく、討論するよりも暗記型の勉強をさせ、網羅的な学習に価値を置く。
ベネッセ教育総合研究所「BERD No.04『学力調査の分析とその課題‐田中耕治』」より一部改変

「真正の評価」論に基づく、多くは記述式の問題を評 価していくためには、「パフォーマンス評価」等が利用されます。京都大学教授の松下佳代氏によれば、パフォーマンス評価とは、「ある特定の文脈のもとで、 様々な知識や技能などを用いて行われる人のふるまいや作品を、直接評価すること」であると言います。パフォーマンス評価においては、その時点での子ども達 の到達点として、「ルーブリック」(評価基準表)が採点の指針となります。教師達は、教育実践に即してボトムアップでルーブリックを作り、評価の過程で基 準を統一していきます。

全国学力調査では、これに近 しいものとして「解答類型」が挙げられます。最大10個に分類された解答類型への反応率を分析することで、冒頭の問題例の所で述べた通り、正答誤答だけで なく、感想は書けているがその根拠が書けていない、式は正しいが算出した答えが間違っている等、児童生徒がどこでつまずいているのかを把握しやすくなって います。

アメリカの学力調査に学ぶ

全国学力調査は、(平成22年度から24年度を除い て)悉皆形式で行われる数少ない社会統計調査です。悉皆調査のため有意差の検定等の統計処理が行えないこと、問題が公開されており、毎年異なる出題がされ るため、経年比較ができないこと等の課題があります。このことについて考えるために、アメリカの事例を見てみましょう。

アメリカでは、TOEICや TOEFLの実施を行っているETS (Educational Testing Service)という非営利機関によって、NAEP (National Assessment of Educational Progress:全米学力調査)と呼ばれる抽出方式の調査が1969年から行われており、日本の学力調査よりも高度な心理測定の技術が使われています。 その時々の重要な教育トピックを測るMain NAEPと、経年変化に重点を置いたLong-term trends NAEPと、州ごとに行われるState NAEPという三つのテストがあり、それぞれ目的や実施方法が異なっています。等化の技術により経年による学力の変化を把握しやすくする「項目反応理論」 (IRT)が使われ、調査の信頼性を高めています。

立教大学名誉教授の池田央氏 は、NAEPの優れている点について、「学力を測る」ということの限界を踏まえ、統計的手法を用いて、できるだけ客観的な結果を得ようとしている点、デー タと共にプロセスを開示して、それがどのような手続きで得られたデータかを公表している点を挙げています。全国学力調査のうち経年変化分析調査は、このよ うなテストを参照しつつ作成されています。

言うまでもなく、テストで測 ることができる学力とは、子どもが身につけている資質・能力のうちの一部でしかありません。テストだけでなく、児童生徒の授業時のワークノート、ホワイト ボードの内容、授業時の発話プロトコル等、学習プロセスのデータを多面的に分析することで児童生徒の学びを捉えていこうとする立場もあります。先に特集で 取り上げた、「21世紀型スキル」における協調的問題解決能力の重視とその評価の在り方も、こうした流れに位置づくものと言えるでしょう。

参考資料

構成・文:内田洋行教育総合研究所 研究員 平野 智紀

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