2015.02.24
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開発途上国の課題を知り、国際協力を考える 「人間の安全保障展 ―世界の幸せと悲しみ」リポート ― JICA地球ひろば ―

JICA地球ひろばにて開催されている「人間の安全保障展 ―世界の幸せと悲しみ」(企画展示と交互に約4か月間開催。次回は5月12日から)は、貧困、教育、水、保健医療などのテーマごとに開発途上国が抱える課題を知り、疑似体験もできる体験型の展示。会場には、途上国で活動した経験を持つ「地球案内人」が常駐しガイド役を務め、見学者の質問にも応じる。このため、国際理解教育を進める小・中・高等学校から大学まで見学者が絶えない。この日も山口県の県立高校の生徒達が見学に訪れていた。

展示見学リポート

児童生徒の興味・関心を促す仕掛けが凝らされた展示物の数々

最初は、ガイド役の地球案内人の説明を聞く

「人間の安全保障、って聞いたことある?」
 ガイド役の地球案内人・屋代健一さんの問い掛けに、見学に来た高校生達は首を傾げた。恥ずかしながら、筆者も初耳である。
「人間が生きていくために必要なものを保障することです。教育や医療などがそうですね。ここでは、それら課題をテーマ別に展示しています。例えば、子どもが学校に行けないとどうなりますか?」
「文字が読めない」
 すぐに誰かが答えた。しかし、屋代さんが
「そうですね。では文字が読めないと、どんなことになるでしょうか?」
 と問い掛けると、皆顔を見合わせた。
「文字が読めないと、どんなことになるか。ここではその例も展示しています。皆さん、楽しみながら勉強してみてください」。

【教育】学校に行けないとどうなるの?

文字が読めないとどうなるか、体験して理解する

文字が読めないと、どうなるのか。その困難と危険を体験できるコーナーがあった。「お腹が痛いので、早くトイレに行きたい」という設定で、「男子トイレ/女子トイレ」を記した標識を当てるゲームだ。生徒達の前には、ゾンカ語で書かれた扉が左右に並んでいる。女子生徒の一人が
「どちらも似たような文字でわからないよ」
 と困惑しながら、当てずっぽうで扉を開けると、日本語に訳された正解が現れた。が、なんとそれは男子トイレだった。
「ハズレたー!」
「男子トイレだって。最悪!」
 と笑う女子生徒達。それを横で見ていた地球案内人が、
「トイレくらいなら間違えても笑い話で済むのだけどね。これもやってみて」
 と、次のゲームを促した。
 今度は、「弟が熱を出した。早く薬を与えないといけないのだが、熱さましはどれだろう」という設定。スワヒリ語で書かれた薬瓶が3本、並んでいる。これまたどれも似たような文字ばかり。生徒が勘で選び、ひっくり返すと、そこに書かれていたのはなんと「農薬」。
「文字が読めないと、命に関わる危険を招くこともあるのです」
 との地球案内人の説明に、生徒達は神妙な面持ちでうなずいていた。

【紛争】地雷の凶悪さと事態の深刻さを知る

本物の地雷と、地雷地帯の危険を知らせるピンク色のテープ

紛争コーナーには、地雷の原寸大レプリカや、火薬や信管を抜いた実物が展示されていた。地雷を手にとって、
「こんな小さなもので、人が死ぬなんて……」
 と男子生徒がつぶやくと、そばで聞いていた地球案内人が
「地雷では、あまり人は死なないのですよ」
 と、語り始めた。地雷は人を殺すのではなく、大怪我をさせるのが目的の兵器であること。負傷者で病院をいっぱいにしてパンクさせ、傷ついた姿を見て人々を震え上がらせるためであること。
 それを聞いていた生徒が、少し怒った表情で
「ここは地雷が埋まっているから危ないと、危険を知らせることはしないのですか?」
 と質問すると、地球案内人は
「地雷地帯にはこういうテープを貼って危険を知らせてはいます……」
 と、毒々しいピンク色のテープを取り出した。テープには、英語と現地語で「地雷! 危険!」と書かれている。しかし、
「でもね、文字が読めない人は、わからず入ってしまうのですよ」
 とのこと。想像を絶する事態の深刻さに、生徒達は絶句していた。

【保健・医療】疫病を運ぶ蚊から身を守る

現地で実際に使われている蚊帳に入ってみる

会場中央には、小ぶりのベッドと蚊帳が置かれていた。昨年日本でもデング熱の流行がニュースになったが、蚊はデング熱やマラリアなど、命に関わる危険な病気を運ぶ。そのため日本は、熱帯地方の途上国に蚊帳の援助も行っているのだ。
 寝台に寝転がった男子生徒が
「蚊帳の網の目が大きいね。これでは蚊が入ってしまうのでは?」
 と笑っていると、地球案内人がすかさず説明。蚊帳自体に殺虫剤が練り込んであり、虫除けになるのだそう。
「それにね、網目がこれ以上小さいと暑くなって、皆、蚊帳を外してしまうのです。僕も暑くて一晩だけ蚊帳を外して寝たら、蚊に刺されまくって、脚がパンパンに腫れ上がりました」
 とのこと。蚊帳一つにも工夫が凝らされているのだなと、生徒達は感心していた。

【相互依存】日本も途上国に助けられている

和食の代表料理、味噌汁。しかし味噌の原料・大豆は97%が輸入品

「相互依存」について考えるコーナーでは、日本の食料自給率について学ぶ装置が置かれていた。バナナや味噌汁といった食品の模型をバーコードリーダーにかざすと、それらがどの国から輸入されているのかが画面に示される仕組みだ。しかしなぜ、これが相互依存コーナーに? すると地球案内人が生徒達に説明してくれた。
「日本は途上国を一方的に援助していると思い込んでいませんか? それは誤りで、日本も途上国に助けられているのです。皆さんが普段食べている食品や着ている服の中にも、途上国で作られたものがたくさんあります。お互いが助け合って、今の生活が成り立っているのですよ」。

【水】水運びの苛酷さを身をもって体験する

水汲み仕事を体験。10kgのバケツは体格の良い男子生徒でもきつい

ひときわ注目を集めていたのが、水に関するコーナー。10kgのおもりが入ったバケツが、意味有りげに置かれている。
「途上国では水道のない地域も多く、子ども達は、水汲み仕事で、この重さのバケツを毎日運んでいるのですよ」
 との地球案内人の説明を聞き、どれどれとバケツを持ち上げる生徒達。
「重い!」
 筆者も持ってみたが、ずしりとくる重量感に驚いた。
「こんな重いものを、毎日運んでいるのですか?」
 と尋ねると、
「この重さを、往復1時間もかけて運んでいます。しかも、この写真のように、頭の上に載せて運ぶのです」
 と聞かされ、呆然。すると体格の良い男子生徒が、
「やってみる!」
 と腕まくりし、エイヤッとバケツを頭の上に持ち上げてみたが、
「これはきつい……」
 と苦悶の表情。途上国の子どもが、毎日これほどの苛酷な労働をしていることを知り、愕然としている生徒たちに、地球案内人が世界と日本の水事情を説明する。
「人一人が最低限必要な水は、1日20リットルといわれ、そのギリギリの量で暮らさなければいけない地域もあります。一方で、日本人が1日に使う水の量はこのバケツ30杯分の約300リットルにもなるのですよ」。

主催者に聞く

体験型展示を通して、開発途上国を身近に感じてほしい

JICA広報室 地球ひろば推進課 主任調査役 衣斐友美 氏

「日本に住む私達は、恵まれているのだなと実感した」
「自分達の暮らしは、当たり前じゃないとわかった」。
 見学を終えた高校生達は、引き締まった表情で口々に感想を漏らした。そして、こうも語ってくれた。
「自分に今、何ができるか。しっかり考えたい」
 と。
 それこそがこの展示の狙いなのだと、JICA広報室の衣斐友美さんは語ってくれた。
「開発途上国を『遠い別世界』ではなく、身近に感じて欲しい。共感をして欲しい。『途上国=かわいそうな国』とイメージしがちですが、途上国の人達もたくましく生きていることを知って欲しい。例えば、漠然と『途上国には、文字が読めない人が多い』と書いたパネルを展示するだけでは、ピンと来ませんよね。だから、文字が読めないとどんな事態が起きるのかを、体験して理解できる展示にしています。そして体験することで、自分の身に置き換えて考えて欲しいと思っています」。

国際協力の体験談やディスカッションによる学習も

JICA地球ひろば開設以来、見学者が絶えない「人間の安全保障展」

この「人間の安全保障展 ―世界の幸せと悲しみ」は、JICA地球ひろば開設以来、4か月周期で毎年開催しているもの。年々訪問者は増え、昨年度は2.5万人がここを訪れたという。
「最も多いのは中学校の団体見学ですが、小学校や高校、大学と幅広い児童生徒さん達が訪れています」(衣斐さん)
 最近は、スーパーグローバルハイスクールに選ばれた学校が「まずはここに」とやって来ることも多いとか。パネルの内容は一部難しいものもあるが、前述のようにガイド役の地球案内人が質問にも答えてくれるので、小学生でも十分理解できる。見学ポイントを見逃さないように、「地球ひろば探検シート」という学習ワークシートを用意してくれている点も嬉しい。
「事前学習をしっかりして来る学校も増えています。また、事後学習を行って、作ったパネルや学級新聞を送ってくれる学校もありますね」(衣斐さん)。

地球案内人がワークシートで見学ポイントを説明

JICA地球ひろばのホームページには、「地球ひろば訪問の前に(PDF/226KB)」という事前・事後学習のガイドも掲載されている他、学習の参考資料になる各種冊子も用意。また、埼玉県立総合教育センターと協力して、『国際理解教育実践資料集』も作成した。単元案や指導の狙い、学習指導要領との対応、そして関連資料等をまとめた冊子で、「国際理解教育に取り組みたいけど、いつ、何を、どう教えればいいのかわからない」という教師にとって、かなり参考になるだろう。
 しかもこの展示、個人で自由に観覧できるが、団体で申し込むと体験ゾーン見学に加え、地球案内人によるボランティアの体験談、もしくは地球体験学習(グループディスカッション)を組み合わせられる。途上国で暮らし、活動してきた体験談を、体験者本人から聞けるのは、子ども達にとって非常に刺激になると、引率した教師からも好評だという。

最後に、地球案内人・屋代さんの言葉を記して終わりにしたい。
「日本では当たり前なことでも、海外では当たり前ではないことがたくさんある。それを実感してもらいたいと思っています。国際協力というと遠くに感じがちですが、日本にいながら、今すぐできることもある。ここに来て、自分は今何ができるか、将来何ができるだろうかと、考えるきっかけになってほしいと思います」(屋代健一さん)。

記者の目

見学終了後、一人の女子生徒が、地球案内人の方に熱心に質問している姿を目撃した。何事かと近寄って聞き耳を立ててみると、何と進路相談だった。「将来JICAかNGOに入って、世界の役に立つ仕事に就きたい。そのためには今、何を勉強すればいいでしょうか」。それに対して、地球案内人の方は「自分はこうだった」と体験談を交えながら、懇切丁寧にアドバイスしていた。世界のために、世界で働いてきた人達がここにいる。この「人間の安全保障展 ―世界の幸せと悲しみ」は2015年5月12日から再び開催される予定だ。国際理解教育を進める学校のみならず、多くの子ども達、大人達に訪れて欲しいと、心から思った。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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