教育トレンド

教育インタビュー

2012.11.20
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山田不二子 児童虐待対策を語る。

学校現場は「子ども第一の原則」に基づいて対応すべきです。

児童虐待のニュースが昨今、増えています。医師であり、認定NPO法人子ども虐待ネグレクト防止ネットワーク理事長である山田不二子氏は「昔から虐待はありましたが、社会が虐待であるとみなしていたかどうかによって件数は変化します」と言います。虐待を受けた多くの子どもや、その周囲の大人たちと接し、防止活動に取り組んできた山田氏に「チャイルド・ファースト・ドクトリン(子どもを第一優先にする原則)」の視点から、虐待対策について語っていただきます。

児童虐待の定義の変化、社会の認知度が件数を増やす

学びの場.com先日、2012年上半期に警察が摘発した児童虐待事件は最多の248件、虐待により死亡した児童は12人だった、との報道がありました。児童虐待は年々増加傾向にあるのでしょうか?(※編集部注:「児童虐待の防止等に関する法律」の「児童虐待の定義」で、「児童」を「十八歳に満たない者をいう」と定義しているため、本記事では中学・高校生への虐待も「児童虐待」と表記します。)

山田不二子248件という数字は警察が摘発した件数で、虐待について一般に発表されている数は相談対応件数です。相談対応件数とは通告を受けた機関がその後対応し、虐待やネグレクトが見つかった件数のこと。たとえば2011年度の全国の児童相談所での相談対応件数は59,862件でした。この数字も過去最多でしたが、これは通告が増えていることの表れ。つまり、児童虐待自体が増えたというよりも、人々の意識が高まり、虐待されている子どもを発見するケースが多くなってきたのです。子どもにとっては救われる機会が増えたことを意味し、以前よりはるかによい状況と言えます。虐待が増えていないとは言いませんが、マスメディアが、相談対応件数の急増を、まるで虐待そのものが急増しているかのように伝えているのは大きな間違いです。

学びの場.com虐待自体が急に増えたわけではないのですね?

山田不二子もちろんバブル崩壊後の20年で経済状況が悪化し、貧困など親の置かれている環境が子どもへの虐待につながっていることはありますので、虐待の裾野は広がっていますが、重症件数は昔から一定数起こっており、急に増えたわけではありません。 件数の増加は社会背景の変化よりも、児童虐待の定義や認識の変化の方が大きく影響しています。1990年から厚生省(当時)が相談対応件数を公表していますが、この年は1,101件でした。なぜこんなに少なかったかというと、虐待を「子どもの命に関わるような暴力や栄養障害のこと」と定義していたからです。2000年に児童虐待防止法が制定され、以前のような致死的虐待やネグレクトだけでなく、より軽症の身体的虐待やネグレクト、性虐待、心理的虐待も児童虐待に含まれるようになりました。たとえば、ネグレクトについて言えば、下着などが不潔なまま放置されている、幼稚園・保育所・学校へ通わせないなど、命に危険が直接及ばないことまで対象となっています。それに応じて、見つかる件数が増えているのです。社会的な認知がカウントされる件数を増やしていると言えます。

児童虐待を発見し、適切に対応するには

学びの場.com小中高の各学校段階によって、発生しやすい虐待の種類や特徴はありますか?

山田不二子幼ければ幼いほど自分の身を自分では守れないので、幼児ほど命に関わるような身体的虐待は多くなります。今年10月、11歳の女の子が母親から暴力を受けて亡くなる事件がありました。このように、年長児であれば死亡しないとは言えませんが、通常、幼児期よりも児童期の方が死亡事例は少なくなります。ネグレクトも同じです。心理的にコントロールされていない限り、大きくなれば自分でお腹が空くと何かしら食べるようになるので、餓死は幼児に多く見られます。 性虐待は、就学前後と思春期にピークを示す二峰性を呈すると言われています。しかし、日本の場合、就学前後の頃のピークはあまり認められていません。幼稚園・保育園の年中、年長くらいの子どもは、自分がされていることをあっけらかんと話すことがあるものですが、気づいた人たちが黙認しているからです。小学校に上がると、徐々に性の倫理が身についてきて、「黙っていなくては」と思うために発見される数は少なくなり、中学・高校生になって自分で被害を訴えられる年代になると、また数が増える傾向にあります。

学びの場.com学校で、虐待を受けている子どもを発見する方法はありますか?

山田不二子身体的虐待やネグレクトについては、学校健診や定期的な身体測定の時に注意するだけでも、発育状況や栄養状態、ケガの様子などがわかりますので、ある程度発見できるでしょう。 性虐待については、いつも部活を一生懸命やっていた子が急にふさぎ込む、成績が落ちるなど、子どもの様子がいつもと異なるような時に疑われます。身体的虐待のケースも同様です。また、母親が再婚したなどの家族構成の変化にも注意しておいた方がいいでしょう。家庭内環境の変化や虐待の影響によって、子どもが非行化する場合もあるので、とにかく子どもの行動の変化は見逃さないことです。

学びの場.com虐待が疑われる子を発見した場合、教師はその子にどう接し、話を聞けばよいでしょうか?

山田不二子これはとても大事な問題です。まず知っておいていただきたいのは、基本的に「子どもは自分から虐待されていると話すことはまずない」ということです。教師がその子と信頼関係が築けていると思っていても、です。このため、虐待されているかどうかを確認する場合には、細心の注意が必要です。私が理事長を務める「認定NPO法人子ども虐待ネグレクト防止ネットワーク(CMPN)」では、「性虐待を受けたかもしれない」と疑われるお子さんから、通告するに足る情報を聴き取る技法「RIFCR(リフカー)」(※PDFファイル)を取り入れることを勧めています。 RIFCRとは、R=Rapport(安心して話せる環境をまず整え、話のできる関係を築く。子どもが問題を起こしているのではないことを伝える)、I=Issue Identification(問題点の確認。面接者が感じている心配や観察したことを子どもに伝える)、F=Facts(事実確認。「誰が」「何をしたのか」についてのみたずねる)、C=Closure(終結。子どもの安全を確認し、通告することを子どもに伝える)、R=Reporting(通告。電話で通告後、報告書を送る)という意味です。

 この面接技法は性虐待以外にも使えます。子どもを迅速かつ的確に救うためにも、ぜひ身につけてほしいと思います。CMPNでは、RIFCR研修を随時行っていますので、参加してみてください。

学びの場.com子どもだけでなく、その家庭にも話を聞いた方がよいのでしょうか?

山田不二子虐待の対応では、基本的に親に、虐待について聞いてはいけません。親に聞いても、虐待をしていれば本当のことを言う親はまずいないですし、うかつに親に聞くことで、親が怒って、ますます子どもを虐待するという悪い状況になります。教師は虐待について通告義務はあっても、子どもを保護できる権限はないので(保護は児童相談所にしかできない)、虐待・ネグレクトを疑っていることを家族に気づかれると、最悪の場合、子どもの命を危険にさらすことになります。厳重な注意が必要です。

 特に、子ども本人が同席する場で、親に「この子のケガはどうしましたか?」と聞くと、親はたいてい「子どもが自分でケガをした」などと虚偽の説明をします。それを聞いた子どもはその後、教師から「どうしたの?」と聞かれても、「お父さんやお母さんの言うことと違うことを言ったら大変」と思って、自分も親の説明に同調してしまいます。ですから、親の言い分を子ども本人に聞かせてはいけません。 また、保育所のように、送り迎えする親と毎日会うのに、子どものケガについて親の話を聞かないのはかえって不自然な場合は、子どもがいない所で親に事実確認だけします。虐待であれば、本当のことを言う親はまずいませんが、嘘だと思っても問い詰めたりせずに、親の説明内容を正確に記録し、通告する際に情報として加えます。絶対に、子どもが語った虐待事実を親に伝えたり、「あなたが叩いたのですか?」などと親に虐待の事実を確認したりしてはいけません。

通告は義務、チャイルド・ファースト・ドクトリンを守る

学びの場.com児童虐待を受けたと思われる子どもを発見した教師には、通告義務があります。具体的には、どのように行うべきですか?

山田不二子日本では制度上、通告先が児童相談所と市区町村の2か所あります。第一義的には、市区町村に通告することになっていますが、重症なケース、つまり子どもを一時保護しなくてはいけないとか、親子を分離して児童養護施設や乳児院に入所させなくては命が危ないという場合は児童相談所。在宅で親子支援をしていけば、分離しなくても虐待は起こらず生活できるのではというレベルは市区町村に通告すると、的確で迅速かつ無駄の少ない対応ができます。 学校の場合、特に公立であれば、自分たちにとって身近な市区町村へ全て通告してしまいがちですが、性虐待の疑いや、外傷や発育不良などの身体的な症状があれば児童相談所、心理的なものが主体ならば市区町村、と覚えておいてください。

 ただ本来、重症かどうかは、通告を受理した側が判断すべきだと思います。通告する側には判断できない場合も多々ありますから。そもそも今の体制になったのは、児童相談所に通告が集中し、重症ケースへの対応が遅れる危険性に配慮して、軽症ケースは市区町村へ、となったのです。しかし、最も理想的なのは、通告先を1か所に集約し、そこが緊急度と重症度を判断して児童相談所や市区町村へと対応を要請する体制だと考えます。 先にも言いましたが、子どもはどんなに虐待されていても、親のことを思いやったり、虐待の再発を怖れたりして本当のことを言わないケースが多いので、聞いても答えてくれない場合があります。そんな時でも、発見者は何か根拠があって疑っていて、その疑いが晴れないのであれば通告するのが原則です。虐待・ネグレクトを疑ったら通告することが法律で定められた義務であり、通告しないという選択肢はありません。

学びの場.com教師は通告後、何をすべきですか?

山田不二子その後は、「要保護児童対策地域協議会 個別ケース検討会議」という関係者会議が開かれ、その一員(被害児童の所属機関)として、学校は機能していきます。個別ケース検討会議のメンバーは、児童相談所や市区町村の担当者をはじめ、支援をする様々な人で構成されています。 支援の必要な状況が長期化するケースでは、この会議を定期的に開き、教師はその時々の被害児童の状態を伝えていきます。ここで注意していただきたいのは、たとえ定期的に開催されるとしても、たとえば「1学期半ばの5月に子どもの腕にあざがあった」ということを、1学期末の会議で伝えてみたところで、もう的確な判断も対処もできません。あざも消えているでしょう。ですから、子どもに何か変化が見受けられた時には、すぐに情報集約の担当者に情報を伝え、必要なら、次回まで待たずに早急にメンバーに集まってもらいましょう。

 大事なのは、「チャイルド・ファースト・ドクトリン――子どもを第一優先にする原則」です。学校はそもそもチャイルド・ファーストであるべき組織ですが、今は教師の多忙化も影響しているのか、虐待の事例を見る限りではこの原則が守られていないことがしばしばあります。性虐待を受けている児童について、「この児童が30歳代くらいになって、自分で対応できるようになるまでそっとしておいてあげるのが子どものため」と言った校長がいましたが、とんでもありません。子どものために何をすることが一番よいのかを、教師を含め、全ての大人が考えなくてはなりません。

虐待予防のため、学校で教えていくべきこと

学びの場.com虐待事件への直接の対応以外に、児童虐待の予防のため、教師が児童生徒たちに何かすべきことはありますか?

山田不二子人間とはどういうものか、示していくことが大事だと思います。人間は汚い面、醜い面など色々な面を持ち、完ぺきではありません。けれど日本では、そういう面を一切持っていないものという理想論で、人間が語られてしまう傾向があります。それは結局、「虐待はあるはずのないもの」という先入観を持つことにつながり、虐待を発見できなくなるのです。 私は講演でよく、子育て経験のある方に手を上げていただきます。そして「自分を聖母マリアだと思う人は手を上げ続けてください」と言うと、上げ続けている人はいなくなります。ところが、「理想に思っているママ友や先輩ママは、聖母マリアだと思う人」と言うと手が上がります。つまり、みなさん「虐待なんて決してしない理想的な親が(自分以外には)いる」と思っているのです。

 実際は、そんなことはあり得ません。子育てをしていると、ハッピーなことばかりではありません。子どもはかわいいけれど、激しく泣く子を前に「うるさいな」と思うのは当たり前。これも突き詰めていけば心理的虐待なのです。ですから、虐待を一度もしたことのない親なんて世の中にいるはずがありません。ただ、それが子どもの人権侵害に至っているか至ってないか、ということです。子どもの健康や衣食住が満たされないほどであれば、それを虐待とみなします。つまり、「あるはずがない」「するはずがない」という理想論で人間を語ってはいけないと思うのです。 神奈川県伊勢原市では、高校生に出前授業をしています。目的は、虐待とはどういう行為を指すか、知識として具体的に知ってもらうこと。通常の身体的虐待だけでなく、乳幼児揺さぶられ症候群のような、日本ではあまりよく知られていない虐待についても正しい知識を持ってもらうことで、子どもたちが親になった時、「あ、これは虐待になってしまう。やめなくては」とブレーキになる可能性があるからです。 人権教育も学校で取り組むべきものの一つです。子どもを育てることはそう簡単なことではない、一人の新しい命を育てるということは、身体だけの問題ではなく、精神的・経済的自立も必要なのだ、ということを子どもたちに伝えてほしい。幼い命も一人の人間として尊重する視点は、虐待と直結しなくても、人間の基本です。 このように、知識を持つことと、人権感覚の鋭い若者を育てることは、将来の虐待予防にもつながると思います。

山田 不二子(やまだ ふじこ)

1960年神奈川県生まれ。医療法人社団三彦会山田内科胃腸科クリニック副院長。認定特定非営利活動法人子ども虐待ネグレクト防止ネットワーク(CMPN)理事長他、多くの児童虐待防止団体で中心メンバーを務める。東京医科歯科大学医学部卒業後、校医として発達障害児に関わったことを機に97年ヒューマン&ファミリー・サポート・ネットワーク(HFSN)を設立。発達障害児の家庭・学校環境の整備や、多機関連携に関する勉強会等に取り組む。同時期、神奈川県内で生後21日の乳児を母親が虐待死させる事件が発生。その事例に関わったことを機に98年CMPNを設立。米国の虐待防止や被害児対応の様々な手法を修得し、児童虐待の予防・早期発見・迅速な対応について社会への周知に奔走している。

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