教育トレンド

教育インタビュー

2010.09.14
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酒井朗 学校種間の連携・接続の在り方を語る。 小1プロブレム、中1ギャップを乗り越えるには?

酒井朗さんは学校種間の連携・接続の在り方を研究する教育臨床社会学分野の第一人者。近年、幼稚園・保育所から小学校へ(小1プロブレム)、小学校から中学校へ(中1ギャップ)といった校種間の移行でつまずき、新しい学校生活をスムーズに送れない子どもたちが出てきています。その時、親や教員はどうすればよいのか、現場の教員とともに調査・研究を進める酒井朗さんに聞きました。

ベテラン教員も悩む「小1プロブレム」「中1ギャップ」

学びの場.comここ数年、小学校や中学校へ進学した子どもたちが、学校にうまく適応できないという問題が目立ってきています。酒井さんは校種間の移行の問題や連携について研究されていますが、最近の状況はいかがでしょうか。

酒井朗この問題は、2000年代に入ってから特に目立つようになってきました。具体的には、「小1プロブレム」「中1ギャップ」という言葉で報道もされるようになり、ご存知の方も多いと思います。

最近の状況ですが、2009年7月に東京都教育委員会が、小学1年生と中学1年生の実態を調査しました。小学校については校長と教諭に、中学校については 生徒本人にアンケートを行っています。その結果、小学校では、小1の学級の荒れを経験した校長が全体の23.9%と、ほぼ4校に1校でした。中学生も、不 安を抱える中1の生徒の割合は、入学前で80.8%、入学3か月後は49.7%と、相当な人数に上ることがわかりました。これは東京都の調査ではあります が、おそらく全国的な傾向でもあると思います。

学びの場.com問題となる行動とは、具体的にはどのようなものなのですか。

酒井朗同調査によると、小1で最も多いのは「授業中、勝手に教室の中を立ち歩いたり、教室の外へ出て行ったりする。」(68.5%)でした。小学校低学年の学級担任にはベテランの教員が配置されることが多いのですが、経験年数があっても収拾がつけにくく、授業が成立しないため、問題は深刻化しています。また、子ども同士のけんかやトラブルも多く(同調査50.3%)、すぐに相手を叩いたり、友だちに暴言を浴びせたりする児童が増えています。一方、中学校では、中1で不登校の生徒が急増し(小6の約2.5倍)、いじめの件数も多くなっています。

問題の根底には日本独自の学校システムがある

学びの場.comこうした問題の原因は何でしょうか。

酒井朗まず、日本独自の学校システムが挙げられます。日本は戦後、アメリカの学校システムを輸入し、以後60年以上、6‐3‐3‐4制を全国で導入しています。輸入元のアメリカでは現在、学区ごとに幼稚園(小学校付設)から高校までをどのように区切ってもよい制度になっています。よく見られるのが、思春期にあたる小学5年生から中学2年生までをミドルスクールとし、それより上をハイスクール、下をエレメンタリスクール、キンダーガーデンとしている区切り方です。もちろんそれ以外の区切り方をしている学区もたくさんあります。そのため、小1や中1での校種間移行が国全体で同時には生じません。「小1プロブレム」や「中1ギャップ」は極めて日本的な問題だといえます。

また、アメリカの学校を観察してみると、幼稚園から高校まで教育観にかなり一貫した部分(たとえば「子どもを自立させる」など)があるように思います。で すが日本では、幼保、小、中、高それぞれが、独自の教育観を持っており、小学校では小学生らしさが、中学校では中学生らしさが求められます。それぞれの学 校が組織として固有の文化、考え方を持っており、子どもたちは移行のたびに各組織に再適応していくというのが日本社会の形です。卒業して企業で働く際にも 再びかなり大きな再適応課題が生じます。日本がこうしたシステムを持っているため、校種間移行の際の不適応も起きやすいのです。

学びの場.com日本の学校は60年以上も同じシステム。ということは、移行の問題は昔からあったのでしょうか。

酒井朗いつの時代にも多少はあったと思います。特に、中1ギャップについては、1990年のいじめ調査においても、「いじめがもっとも多いのは中1」となっています。このことから考えると、少なくとも20年前から問題となっています。
 ただ現在、小1プロブレムの問題がこれだけ表面化しているというのは、学校システムの他に、何か今日的課題があるのではないかと考えられます。

家庭は“移行の危機”を支えられるか

学びの場.com校種間移行の、今日的課題とは何でしょうか?

酒井朗ここからはまったくの仮説にすぎないのですが、一つは家庭の協力態勢ではないかと思います。不登校の問題を調べていても思うのですが、かつては子ど もが経験する様々な困難を、家庭がしっかり支えていたのが、今はそれがなかなか出来ない家庭がかなりあります。こうしたことが“移行の危機”にも関連して いるのではないでしょうか。  たとえば睡眠の問題。ある調査によれば、最近、定時に起きて寝る生活ができていない幼児が急増しています。昔は「子どもは8時に寝る」というのが 一般的で、幼稚園から小学校に上がったときも子どもは睡眠をしっかりとって、朝8時には元気に登校してきたものです。つまり、家庭が学校的な時間サイクル で、基本的に生活していたということです。  もう一つは食の問題。『変わる家族 変わる食卓―真実に破壊されるマーケティング常識』(岩村 暢子 著 勁草書房 2003)という本にも書かれているとおり、食生活が乱れている家庭が多い。子どもが朝食を食べない、食べるとしても菓子パン一つなど。きちんと食事を摂 取していない子どもたちが、幼稚園よりもエネルギーが必要な小学校生活に移行するのは大変なことだと思います。

小学校から中学校への移行も同様です。中学に入って部活動や塾通いが始まると、小学校までとは生活が一変します。安定した家庭は、小学校的な生活サイクルから中学校的な生活サイクルへと子どもに合わせて生活を変えていけるでしょうが、そうできない家庭も増えているのだと思います。  また、今では小学校高学年になると携帯電話を持つ子が増えますが、一部の家庭では携帯電話の使い方について親はほとんど抑制せず、子どもが使いたい放題使っている、という現象が見られます。メールのしすぎで勉強に手がつかないような生活が習慣になってしまうと、校種を越える際に学習面でもつまずきやすくなるでしょう。

学びの場.com問題は学校で表面化していながら、原因の一つは家庭にもありそうだ、となると、解決には時間がかかりそうですね。

酒井朗複合的な原因を持つ問題なので、保護者と学校双方がお互いに協力して子どもを支えていく必要があると思います。保護者はまず、子どもにとっての校種間の移 行というのはとても大変なものであり、家庭もそれに沿って生活リズムを変えて、子どもの心身を支えていかなければ乗り越えられない、という認識を持つ必要 があります。

校種間の密な情報共有が解決のカギに

学びの場.com学校側はどのような対策をとっているのでしょうか。

酒井朗幼稚園・保育所と小学校が連絡会や情報交換会を持つ、幼稚園児や保育園児が小学校入学前の冬に小学校を見学するという取り組みがされています。小学校のカ リキュラムでは、生活科がわりと幼児教育的な要素を含むので、この教科を核にして国語科、音楽科、図画工作科など他教科との関連を積極的に図り、遊びなが ら学ぶという方法をとっている学校もあります。

小中連携については、小中学校が同じ教育委員会の管轄になるため、保幼小よりも情報交換しやすいというメリットがあります。いくつかの自治体で実践されているのが「個別支援シート」による連絡です。小学校の教員が、欠席が多い、多動傾向がある、仲間からいじめられている……等々、子ども一人ひとりの情報を書き込み、中学校へ渡すというものです。これにより小中間で情報を共有することができます。中学校側はどのような子どもが進学してくるか事前に把握できるので、支援や手だてを的確に行えると思います。  他にも方法はいろいろあると思いますが、一つ提案したいのは、クラスの子どもたちを見る大人の目を増やすことです。小中学校共に、荒れの生じた40人の学級を一人の担任で見るのは限界があります。そこで、保護者や地域ボランティアなどに補助員として入ってもらい、大人の目を多くすることが有効となるのです。学年や校種が変わって、教員が交代しても、小学校時代や前年と同じボランティアがそばにいてくれたら、子どもは安心し、落ち着いて授業が受けられるでしょう。

学校の先生方も連絡を密にしようと頑張っていらっしゃるのですね。

酒井朗本当にそう思います。小1プロブレムを解決するために、幼稚園や保育所はなんとかしろ、中1ギャップを解消するために小学校はなんとかしろ、と責任を押し付けあうのでは問題は一向に解決しません。お互いに話し合い、支援の形を考え、実践していくことで、子どもにとって「大きな段差」ともいえる校種間移行をスムーズにできるのではないかと思います。

酒井 朗(さかい あきら)

大妻女子大学教授、1961年神奈川県生まれ。東京大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。南山大学助教授、お茶の水女子大学教授等を経て現職。さまざまな学校に赴き、現場の教員とともに調査・研究を進める教育臨床社会学分野の第一人者。校種間連携だけでなく、不登校の支援ネットワークや子どもの携帯電話利用についての研究も積極的に行っている。著作に『教育の社会学』(有斐閣)、『電子メディアのある「日常」』(学事出版)、『進学支援の教育臨床社会学一商業高校におけるアクションリサーチ一』(勁草書房)など。

インタビュー・文:菅原然子/写真:言美 歩

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