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和田中「夜スペ」が問う“公教育とは何か”

和田中「夜スペ」が問う“公教育とは何か”
東京都杉並区立和田中学校の「夜スペシャル」(通称・夜スペ)は、全国的な話題となった。放課後の教室を民間の学習塾に提供し、一定以上の成績の子どもを対象にした授業を有料で行うという「夜スペ」は、公教育とは何かという問題を提起し、賛否両論を呼んだ。これを肯定するのも否定するのも簡単だが、公立学校の現場の実情を踏まえると、この問題への対応は「じつに悩ましい」としか言えないのではないだろうか。

否定するのも肯定するのも簡単なのだが…

 本当にところを言えば、「夜スペ」については新聞などマスコミで報道されている内容を知っている程度だった。著名な教育学者である藤田英典氏は、夜スペを「公教育のモラルハザード」と一刀両断しているが、私自身も同じ考えだった。当サイトの宝子山編集長とテーマを打ち合わせて、夜スペを取り上げることを決めた時も、「公教育のモラルハザード」という視点でいこうと思っていた。しかし、いろいろと取材し、和田中の藤原和博校長(注・今年3月退職)の発言などを追っていくうちに、とても否定できないなという思いに変わった。だが、公教育の理念に照らして肯定するわけにもいかない。結果、「じつに悩ましい」と言うしかなくなった。

 まず、夜スペの論点を確認してみよう。(1)特定の民間営利企業に学校施設の使用を認めるべきではない、(2)経済的余裕のない家庭に対する差別を生み教育の機会平等に反する、(3)一定以上の成績の子どもを対象にしており教育の格差を広げる、(4)本来は学校がやるべきことで本末転倒――などが挙げられるだろうか。このうち、(1)の施設使用は単なる法律論になってしまうので割愛する。なお、夜スペは保護者や住民で組織する「地域本部」の独自事業であると説明されているが、藤原校長の主導により学校が深くかかわっていることは間違いないので、ここでは便宜的に学校も関係している事業という前提で見ていく。

 残る論点の中で、最も焦点となるのが(3)だろう。教委や公立学校が学習塾と連携して進度の遅い子ども向けの補習、興味・関心に応じた発展的学習などを行う例は、全国的に見ればいくつかある。しかし、夜スペは、一定以上の成績の子ども、いわゆる「落ちこぼれ」ではなく「吹きこぼれ」と言われる成績上位層を対象にしている点が、大きな反響を呼んだ理由だ。

 そして、この「吹きこぼれ」の子どもたちをどうするのかは、現在の公小・中学校にとっては非常に痛い問題なのだ。これを規制緩和、競争主義や市場原理の導入などの視点から、学校と学習塾が提携するのも一つの方法だと手放しで認めることはたやすい。また、教育の目的は子どもを有名校に進学させることではないと批判し、学校教育の関係者が絶対にやってはいけないことだと断罪するのも簡単だ。だが、それで済むのだろうか。

 藤原校長の説明によると、和田中では既に「地域本部」による事業として、進度の遅い子ども向けの補習、英語が好きな子ども向けの英語講座などを行っており、その上での夜スペなのだということが強調されている。つまり、成績上位者だけ優遇しているわけではないということだ。

 また藤原校長は、現在の学校現場と教員は成績中位層から下位層の子どもの面倒を見るのが手一杯で、成績上位者に目を向ける余裕などほとんどないと言い切り、だから学校外の力を借りるのだと言う。実際、夜スペの授業を実施する学習塾に対して、生きる力を育成するいわゆる「PISA型学力」を身につけるための教材開発を注文しており、単なる受験勉強講座ではないようだ。

夜スペは藤原校長が処方した「劇薬」

和田中「夜スペ」が問う“公教育とは何か

 確かに藤原校長の指摘は事実だろう。子どもばかりか保護者も多様化し、学校が対応しなければならない問題は年々増える一方だ。さらに、行政が求める書類を作るための事務量も急増している。学校や学級を何とか維持したいと思うならば、教員たちが労力を割く対象が成績中位層から下位層へ次第に降りていくのも、ある意味で仕方のないことだ。ここに「吹きこぼれ」問題が生まれる。

 そして現在、この問題に対応しているのが民間の学習塾で、少なくない公立小・中学校関係者にとって「もっと勉強したければ学習塾に行きなさい」というのは、偽らざる本音ではないだろうか。さらに言えば、これが成績中位層以上の子どもたちの保護者の「公立学校不信」を招いている理由の一つになっている。

 これに対して藤原校長は、成績の良い子どもを伸ばせば、その子どもたちがほかの子どもたちに教えるようになって、子ども全体の平均点が上がると夜スペの狙いを説明している。このへんは、地域本部による英語講座の取り組みなどからきちんとしたデータと裏付けがあるようだ。

 ただ、それらは個別に学習塾に行って勉強するなどでは無理で、自分が分かることを分からない仲間に教えることが楽しいと子どもたちが思えるような仕掛けをつくらないといけない、それが夜スペなのだと言う。

 学校外のさまざまな人びとを講師に招いて社会の仕組みを勉強する有名な「よのなか科」の実践、保護者や地域住民、大学生ボランティアなどが勉強を教えている地域本部による取り組みなどの実績があって初めて、夜スペは学校全体の教育水準を上げる効果があると藤原校長は強調している。

 だが、やはり疑問は残る。学習塾の通常料金の半額で勉強できるのだから、経済格差は拡大せず、逆に機会均等につながるという言い分は、いささか「牽強付会」とも思える。それよりも「吹きこぼれ」の子どもたちの対応を学習塾に任せることを堂々と認めること自体、学校教育関係者として絶対に越えていけない一線を越えることになるのではないか。

 本音と、本音を行動に移すことは全く次元の異なる問題だ。映画『男はつらいよ』の渥美清の言葉を借りれば、「それを言っちゃ終しめぇよ」ということだ。先の藤田英典氏の「公教育のモラルハザード」という言葉を、単なる精神論として笑うわけには絶対にいかない。

 では翻って、現実の学校現場ではどんな対応ができるのだろうか。「吹きこぼれ」対策は、学校と教員がやるべきことだという意見は正論だが、国と地方自治体の教育予算は削減されるばかりで、世論もそれを歓迎している。教員の業務の多忙化はとどまることを知らない。子どもと保護者の多様化は、既に底が抜けてしまった。地域の教育力も失われて久しい。学校外にまかせず、学校と教員がやるべきだという正論を吐いて、どれだけ現実が変わるのか。

 一方、「吹きこぼれ」対策として公然と学校と学習塾との連携を認めてしまったらどうなるか。これは、安易に夜スペをまねる教委や学校が続出するのではないかという質問に対する藤原校長の答えが的を射ているだろう。藤原校長いわく「絶対にうまくいかない」。

 夜スペ問題を考えながら、こう思った。リクルートのフェローから公立学校に転じた民間人校長である藤原氏は、ビジネスと教育の表も裏も知り尽くした人物だ。夜スペに対する学校教育関係者、一般社会、マスコミなどの反応など、既に想定していたのではないか。そして批判を承知の上で、教育再生を叫びながらもびた一文出さない国や地方自治体、できないのに「できない」と言わない学校関係者、学力低下を批判しながら学校や教員にほとんど協力しない保護者や一般社会、表面的なことしか見ないマスコミなどに対して、
「では現実問題として、あなたたちはどうするのだ」
 と突きつけた「劇薬」ではないか。

 そう考えると、夜スペをどう評価すべきか。じつに悩ましい。

【参考資料】
和田中学校ホームページ
藤田英典『和田中「夜スペ」−何が問題か』(「世界」2008年4月号)
斎藤貴男・藤原和博『「教育格差の助長」か「フェアな教育機会の提供」か』(「論座」2008年5月号)
中井浩一・藤原和博『塾だって地域の力の一つです』(「中央公論」2008年5月号)

構成・文:斎藤剛史/イラスト:あべゆきえ



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