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有森裕子さんはスポーツを通じてさまざまな教育支援活動を行っています。とくに、長年精力的に行っているのが、カンボジアでの体育教育支援活動。「アンコールワット国際ハーフマラソン」のサポートや、筑波大学との共同による「カンボジア体育科教育指導書」の作成など、活動を経て見えてきたスポーツの力や教育効果について語っていただきます。
スポーツをカンボジアの子どもたちの支援活動に
学びの場.com(以下、学びの場) 有森さんは、スポーツを通じて〈希望をもってがんばっていくこと〉を小・中学生に伝え続けていらっしゃいますが、国内のみならず、対人地雷で被害を受けたカンボジアの子どもたちへの支援活動などもとても精力的ですね。
有森裕子 (以下、有森) そもそものきっかけは、96年に、対人地雷で被害を受けた子どもたちの支援を目的にカンボジアで開催されたチャリティ・マラソンに招聘されたことです。「オリンピアンがこういう活動に賛同してくれたら」という声かけで、当時は招待選手の一人として参加しました。私にとってはカンボジアはもちろん、発展途上国に足を踏み入れるのも初めてだったのです。
学びの場 カンボジアの第一印象は、どのようなものでしたか?
有森 印象的だったのは、子どもたちの表情ですね。いまの日本では見たことがないくらい、みんな本当にステキな目をしていました。彼らは暮らしぶりも決して豊かではない上に、地雷で手や足、あるいは肉親を失い、とても大変な思いを抱えているわけですが、逆にその大変さがあるからでしょうか、〈生きること〉への力強い執着を感じさせる目なのです。その強くて美しい目を、生きることや夢にもっと向けられたらいいなって、思ったものです。
学びの場 それで第二回の「アンコールワット国際ハーフマラソン」にも参加されたのですね?
有森 招待選手の立場ですから、2度目はどうなるかわからなかったのですが、再び誘われたので。
学びの場 1回目と2回目とでは、何か違いましたか?
有森 2回目のほうが子どもたちの表情が、とても前向きな感じがしました。彼らが大会を非常に楽しみにしていたことがよくわかったんです。それを感じたときに「あ、スポーツが何か残したんだ」、「なら、私にも何かできる!」って思ったんです。彼らのためだけじゃなく、私自身もこの地で何かを学べると。
学びの場 その第二回大会(98年)をきっかけに、NPO法人ハート・オブ・ゴールドを立ち上げられたわけですね。
有森 そうです。98年にNPOを立ち上げて、招待選手という立場ではなく、一(いち)サポーターとして活動するようになりました。本格的には4回目の大会からですね。
学びの場 カンボジアの子どもたちの目が、有森さんをそこまで突き動かした?
有森 3〜4回目のときだったかな。私ね、生まれて初めて〈走ってきてよかった〉という思いが、心の奥底から自然に湧いてきたんです。もちろんオリンピックのときだって思いましたよ(笑)。でも、それとはちょっと違いました。長い間、私はマラソンランナーとして技術やパフォーマンスを追求してきましたが、それが勝負だけじゃない、人間の〈生きる力〉をうながす最高の手法にもなるんだってことを、カンボジアが教えてくれたんです。
学びの場 有森さんは「アンコールワット国際ハーフマラソン」をサポートする一方で、「カンボジア体育科教育指導書」の作成にも尽力なさっていますね?
有森 これは、カンボジアの小学生を指導する現地の体育(保健体育)指導者を育成するためのものです。カンボジアの子どもたちがスポーツによって生きる力を見出しても、それを指導する人間がいなければ根づきません。「JICA草の根技術協力事業」の一環で、筑波大学と共同で作りました。去年「指導要領」だったものが、今年「指導書」になります。第一段階クリアというところでしょうか。
スポーツの結果は絶対的な評価。揺るぎない自信になる
学びの場 有森さんにとって〈スポーツの喜び〉とはどのようなものですか?
有森 私にとっては〈達成感〉。それと、他の何よりも、〈自分に対する評価がはっきりと出る〉ということですね。実は私、体育が得意な子どもでは決してなかったんです(笑)。
学びの場 そうなんですか !?
有森 体育より、美術や音楽や手芸が好きでした。ただ、小さい頃から何をやらせても人より時間のかかる子どもで(笑)。そんな不器用な自分が嫌いで、なんとかしようとするのですが、頑張れば頑張るほど空回りして、さらに周囲をイライラさせる。自分に自信が持てない……。そんな堂々めぐりをしているとき、ある先生から声をかけられたんです。
学びの場 それはいつ頃でしょうか?
有森 小学校時代です。体育の先生なんですが、あるとき「〈短所〉っていうのは、そんなに悪いことか?」って。「短所だって、自分にしかないたった一つのステキな部分だぞ。それこそ、お前しか持っていない武器だ」って。嬉しかったですねぇ。その先生が担当していたのが陸上部で、当時は男子しか入部できなかったのですが、5年生のときに、女子も2人いればOKということになり、入部しました。。
学びの場 陸上人生のスタートですね。
有森 私は技術が秀でているわけではなかったのですが、スポーツって全力でぶつかれば何かが残るでしょう? 何ごとにも自信のない私が求めたのは、自分に対するはっきりとした〈評価〉。それまで美術で賞をいただいたこともあったし、音楽も大好きでした。でもアートに対する評価って人によってそれぞれじゃないですか。でもスポーツは違う。自分が全力を出し切った結果がすべてで、評価が揺らがない。そこがいいんですね。ただ、選手としては、社会人になってリクルートに入るまで長いこと結果が出ませんでしたけど(笑)。
学びの場 それまで走ることをやめようとは思わなかったんでしょうか?
有森 思いませんでした。走ること以外のことが見つからなかったから(笑)。それと第一には、監督(指導者)の存在ですね。陸上は孤独なスポーツといわれますが、人が自分のことを思ってくれる=支えてくれる力って本当に大きいんです。
体育ばなれには、面白さ6割、真剣さ4割を意識した授業を
学びの場 これまでのご経験から、有森さんがお考えになる優秀な指導者というのは、どのようなタイプなのでしょう?
有森 子どもなり、選手なりに、べったりじゃなくていいんです。ただ、ここぞという大事なときに声をかけてくれる、叱ってくれる。それができる先生(指導者)というのは、普段から気をいれて生徒を見ているんですよ。それが何より大事。だから、子どもたちに伝わるんです。たまにしかグラウンドに顔を出さなくても、本当の意味で教え子のことを考えてくれている、見ていてくれている先生や指導者。これは、親の在り方にも同じことがいえるかもしれませんね。
学びの場 近年、日本の子どもたちは体育ばなれが進んでいるともいわれますが。
有森 国内の学校にも講演や体育指導に行く機会がありますけど、正直いって体育の授業に面白さが足りないのかもしれませんね。面白くないから、子どもたちも身につかない。一方で、全部面白くても身につきません。人間が何かを身につけるときは、面白さ8割、真剣さ2割。教育現場ではそれが6対4くらいかな。このバランスが大事なんです。
ただ、体育ばなれについては、単に教師の指導力云々の問題ではありませんね。先生方は実際、とても慎重に授業なさっています。親の要望や子どもの資質の変化といった、いまの社会事情のなかでは、やりたくてもできないものも多いのです。そういったことに葛藤している先生もたくさんいらっしゃいますよ。
カンボジアでの活動で感じたことですが、子どもは本当に敏感で強い力を持っています。大人が彼らに何かを伝える、響かせるには、一人の人間として向き合わないといけません。子どもたちは大人を見ています。これは教師や親のみならず、いまの大人たち全員が意識しなければいけない大切なことだと思います。
写真:言美歩/インタビュー・文:寺田薫 ※写真の無断使用を禁じます。 |
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