
野生動物のための診療所を始めるまで
----まず、竹田津さんの子ども時代のことからお聞かせ願いますか?
僕が育ったところはとにかく田舎で、いつも親から「家の外で遊ぶように」といわれました。たぶん私の世代は、「勉強しろ」と言われなかった最後の世代だと思います。それに今のようにパソコンやインターネットもなく、情報量が少なかったのも幸せだった。
高校を卒業して就職しましたが、体をこわして辞めなければなりませんでした。そして、大学に入ろうと思ったわけです。それで専攻を選ぶ際に、小さいとき動物園の園長になりたかったことを思い出して獣医学科を選びました。情報がなかったので、獣医になれば動物園の園長になれると思っていたわけです。でも、大学に入ってすぐに、獣医になるだけでは園長になれないことがわかりました。せっかく入学したのにいきなり夢が敗れてしまった。
大学時代は、カナダのアルバータ州へ行って獣医をしたかったんですが、その話がダメになって、北海道でウシとウマを診る診療所に就職しました。その診療所で、結局28年働きました。当時はウシ一頭一頭すべてに愛称が付いていました。それが1960年代になると、ウシに愛称を付けなくなりました。そのころからウシを生き物として見るのではなく、ミルクを出す機械として見るようになったのだと思います。そういう流れが空しくなって、ならばとその対極に位置する野生動物のための診療所を始め、今に至ります。 野生動物を診る、ということは、飼い主がいないわけですから、診療費がもらえない。だから『アニマ』などの雑誌に原稿を書き、写真を載せてもらって収入を得ていました。
うっとうしいもの、きたないものを閉じこめている
----最近、学校でも凶悪な事件が起き、子どもたちが「命」を軽んじている、とよく言われます。
それは当然だと思います。昔は、人が家で死ぬのはあたりまえだった。でも、最近では家庭で「死」を見ることはほとんどありません。だから今は、「命」というのは単なる言葉でしかない。「死」というものは決して美しいものではありません。現代は、だれでもが「うっとうしいもの」、「きたないもの」から目を背け、どこかに閉じ込めたがっています。こういう時代にあっては、命について論議をするのは空しくなってきます。
たとえば学校で動物を飼おう、という場合、育てるのがなるべく簡単な動物を選ぶ傾向があります。つまり、その時点ですでにある種の「選択」がなされているわけです。
「命」や「生命」について本当に論議しようと思うなら、都市にどれだけ「うっとうしいもの」「きたないもの」「不合理なもの」を取り込んでいくか、そういう哲学が必要だと思います。
----野生動物とずっと付き合ってこられて、どんなことが見えてきましたか?
僕もよく「人間と同じように対等に動物とも付き合う」とも言いますが、僕なんかもやはり動物を上から見ていることが多いと思います。「……してやっている」という態度が出てしまうから、動物もなかなか気を許しません。うちの4人目の子どもは、幼稚園に行かせませんでした。それで、娘は友達がいないのでうちで入院している動物を友だととして、まったく対等に付き合って育ちました。そうすると、本当に動物と対等になれるんですね。
たとえば僕なんか酔っぱらってキツネのしっぽを踏んでしまうことがあります。するとキツネは怒って噛みついてきます。そんなとき、僕は「あっ、悪かった、悪かった」とキツネに謝ってしまいます。娘がどうするか見ていると、キツネに噛みつき返しています(笑)。そうすると、すごくキツネは喜ぶ。嫌なことは嫌、嬉しいことは嬉しい、とお互い意思表示をして、兄弟のような関係になるからです。でも、それは子どもだからできることであって、大人になると、動物と対等に付き合うのは難しいかもしれません。 |